2016 再開祭 | 瑠璃唐草・前篇

 

 

「・・・どうしました」

夕暮れの部屋に入って来るなり、あなたがぎょっとした表情で扉から数段続く階段を駆け下りて来た。
それはいつもなら私の役目。
迎えに来てくれたあなたの腕の中に駆け込むのも、頬に触れて、頸動脈を確かめて、瞳の色を確かめて、手首の脈を取るのも。

でも今日だけはムリよ。だってついさっきまで、みっちり一日中尚宮オンニと叔母様と一緒だった。
もう走る元気は残ってない。椅子から立ち上がるのがやっと。

部屋を走って来たあなたは腕の中に私を抱くと、大きな両手で頬を包んで、そうっと上を向かせた。
「顔が青い」
そしていつも私がするみたいにこの目を覗き込むと、心配そうにぎゅっと眉を寄せる。
「熱はないのに」

私の体温を誰より知ってるあなたの診断に、間違いがあるわけない。
どうにか安心させようとしてるんだろう。
あなたはゆっくり私を抱き締めると、すぐにそのまま椅子に座らせて、1人で部屋の裏扉まで駆けて行った。

そしてばあん、と珍しく乱暴に扉を開ける。
いつもならそうするのは私で、あなたはそんな私にもうちょっと静かにね、って注意するのに。
「キム侍医!」

扉から廊下へ飛び出したあなたの大声が、すっかり薄暗くなった典医寺の中に響き渡った。

 

「ああ。ただの疲れです」
呼ばれたキム先生はあなたの手前私の脈診をしたものの、理由は誰より分かってる。
静かに脈診の手を離すと、落ち着かない顔で脈診を見守っていたあなたに向かって、穏やかに苦笑した。

「今日は一日、徳育尚宮様方とご一緒でしたから」
「尚宮達と」
「チェ尚宮様もおいででしたよ、チェ・ヨン殿」
「何故」

キム先生も理由までは知らない。第一講義を受けた私自身、その理由が分からないんだもの。
私達が首をかしげるのを見て、あなたは不満そうに唇を結ぶと
「キム侍医。この方を少しだけ休ませてくれ」

奥の続きの間のベッドの方にグイッと顎を向けた後に、もう一度私の顔を覗き込む。
「直ぐ戻ります」
それだけ言ってくるりと後ろを向き、ドアの方へ歩いて行く背中に慌てて声をかける。
「ちょ、ヨンア!どこ行くの?」

あなたは足を止めずに、肩越しに首から上だけ振り返る。
「理由を確かめて参ります」
断固たるあなたの口ぶり。止めてもムダだぞって、無言で怒ってる黒い瞳。
口を滑らせたキム先生が失敗したって顔で、私に向かって申し訳なさげに、小さく頭を下げた。

 

*****

 

「チェ尚宮」
王妃媽媽の坤成殿に続く回廊、守りに昼も夜も夏も冬もない。
回廊には武閣氏の隊服に身を包んだ歩哨の兵らが等間隔に並び、夕暮れの中庭に白い息を吐いていた。
その列が無言で前を通り往く俺に向け、順々に頭を下げる。

俺が近づいた事を知り、回廊の最奥、王妃媽媽の私室扉横を守る叔母上が此方へ体ごと向き合った。
「何事だ、大護軍」

上等だ。敢えて叔母上と呼ばなかった俺にそう返すわけだな。
「医仙の徳育とはどういう事だ」
その刹那、無言の叔母上の視線が守る部屋の扉を示す。

それで事態が呑み込めたと声を切る。王妃媽媽。
王妃媽媽が何故今更になってあの方の徳育など。
天人だ。あの方が高麗の仕来り、皇宮の法度に馴染めるか、そんな事は今やさしたる問題ではない。
馴染めるようなら奇轍や徳興君に盾突いたりはしなかったろうし、あれ程肝を冷やす事も起き得なかったろう。
「話ならあちらで聞こう」
低く呟いて扉前を離れる叔母上、いや武閣氏隊長チェ尚宮に向け、逆側を守る武閣氏が頭を下げた。

 

「王妃媽媽が、何故あの方の徳育など」
夕刻になった以上、歩哨は一人でも多く欲しい処だろう。
一人抜けても穴は大きい。互いによく弁えている。
話が終われば即坤成殿へ戻れるように、然程遠くない回廊の隅で叔母上と向き合い早々に要点のみ確かめる。

叔母上は渋い顔で頷くと、此方も前置きなく言葉を返す。
「ああ。御史大夫が喧しくてな」
「御史大夫」

武人として軍議の折には殿上しても、通常の都堂や重臣の会議に顔を出す暇はない。
王様に呼び出されぬ限りは宣任殿に顔を出さぬのが俺の流儀だ。
皇宮で仮初の平穏が続く今、王様の敵になるような目立った重臣がおらぬ以上、御史大夫と言われてもすぐにはその顔が浮かんで来ん。

「ああ、お主は顔など知らなくて良い。期待しておらん。但し、話だけは覚えておけ。御史大夫ファン・ジャンイ。
医仙を評して医仙の品位に欠けると、王様に向けて暴言を吐いた男だ」

品位に欠ける。
その一言に顔が強張ったのが己にも判る。
薄闇に揺れる頼りない油灯の中、叔母上も見て取ったのだろう。
俺同様に悔し気に頷くと、冷えた回廊で大きく白い息を吐いた。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    「品位に欠ける…」ですと?
    いやだわ その言い方
    じゃ あなたは 人にそんなこと言えるの?
    って 言い返したくなっちゃうけど
    ゴニョゴニョゴニョ
    言い返せない(笑)

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