2016 再開祭 | 瑠璃唐草・中篇

 

 

「王妃」

呼ばれながら坤成殿に入って来られた御顔の色が優れない。
冬夜の回廊を渡られた王様に小さく駆け寄り、両の御手にそっと触れる。

その御手が氷のように冷たくて、驚いて自分の袖中に急いで隠す。
チェ尚宮は冷えた王様の御様子と御顔色とを見て取ると
「すぐに暖かいものをお持ち致します」
と言い残し、静かに部屋を立ち去った。

袖陰で握って温めようとすると、王様はゆっくりその手を引いて卓の椅子へと腰を下ろされた。
御手を離したくない一心で、そのまま卓向かいの自分の椅子へと腰を掛ける。

今の部屋内は二人きりで、誰の目を気に病む事もない。
口にせずともチェ尚宮も、敢えてその目を気にせず済むようにああして部屋を出てくれたと判る。
叔母も甥御も、言葉のない不器用な心遣いが似ておる。

卓上で握る御手をそのままに、王様は眉を下げられた。
「さて。今宵は何処から話せば良いものか」
「何かございましたか、王様」

振られた御首に安堵する。でもその仰り方は。
「御史大夫がな。王妃の事を案じておる」
王様は重い息と共に、困ったご様子で呟かれた。

「御史大夫、でございますか」
「ファン・ジャンイ。元双城総管府付きでイ・ジャチュンに近しかった男だ」

王様がお疲れに見えるのは今宵の寒さの所為ではないようで、その御言葉に眉を顰める。
双城総管府と言えば、元にも近かった男。
総管府の落城で高麗が奪還を為したとはいえ、そこに居た男を何処まで信じて良いのか。

「信用出来る者なのでしょうか」
妾の声に、王様の笑みが少し柔らかくなられる。
「王妃。今の一言は、とても心強い」

そうだ。もう妾は元の者を見ても懐かしき故郷の身内とは思えぬ。
王様に仇為す者は敵であり、高麗に盾突く者は逆賊であるとしか。

双城総管府の元役人を信用出来るかとお尋ねしたのが、今の王様にとっては喜ばしくあられたのだろう。
逆に王様の方が妾を気遣われるように、そして険しい表情の妾を宥めるようゆっくりとお言葉を続けた。

「信用は出来よう。忠誠心はありそうだ。しかし少々度を越しておる」
王様は困ったように仰ると、卓越しに握る妾の手にほんの僅かの力を籠める。

「王妃の体を診るには、医仙に品位が足りぬのではと言って来た。国を背負う迂達赤大護軍の妻君としてもな。
口の利き方も、立居振舞いも、皇宮法度も知らぬ天人ではと」
「・・・まさか、そのような事をお聞き入れに」
「とんでもない事だ。無論寡人も言い聞かせた。大護軍は望んで医仙を娶った。御史大夫の与る事ではない」
「はい」
「王妃と寡人の体を任せるのに医仙以上に信頼のおける医官はおらず、医術に於いて医仙以上の腕を持つ医官は高麗どころか、元や大食国まで探そうとおらぬともな」

王様は御首を振ると、御口端に苦い笑いを浮かべられる。
「はい、王様」
「まして王妃と寡人の心まで癒せる医官など、未だかつてこの世で目にした事はない」
「はい」

王様の御心を救い、妾の体と心を癒して下さったのは医仙。
王様と心を打ち解けられるように大切な事を教えて下さった、天からおいでのお姉さま。
妾の何を気にするでもなく抱き締めて下さったのはあの方だ。
そして大切な言葉を授けて下さったのは、あの方だけだった。

口の利き方。立居振舞い。皇宮法度。
そんな取るに足りぬ些細なものが、一体何だというのだろう。
大護軍を思うなら二人を引き離すべきではない。
医官に必要なものは、傷を癒す事ではないのか。
それさえ出来れば、他に何が必要だと申すのか。
医仙の今までの功績で不足なら、高麗に功績のある医官などおらぬではないか。

けれどこれ以上駄々を捏ね、王様を悲しませる事も出来ぬ。
唯でさえお疲れの王様を妾の我儘でもっと疲れさせるなど。
王様も御史大夫の処遇に、その進言に困られたからこそ今宵の打ち明け話となられたのも判る。

無言で押し黙った妾に、王様は穏やかに仰った。
「医仙ならば、都堂や会議にも同席すべきであろうとも申した」
「けれどあの方は王様が直々に医仙にと御命じになった方です。今になって都堂への参列など」
「そうだ。寡人もそう申した。しかし今皇宮で重臣と成る者らは当時の経緯を知らぬのが大半だ」

徳興君、そして徳成府院君。
あの者らの息の掛かった重臣らは王様の御意向で大護軍がその殆どを排除し、新たな重臣の面々を粛清している。
その間、医仙は確かにお留守であった。
お帰りになられる日を王様も妾も、無論チェ尚宮らも、誰よりも大護軍が一日千秋の思いで待ち侘びた。

その間新たに重臣の任を担えば、以前の医仙の功績を知らぬのは仕方がない。
けれど双城総管府に関わった者なれば、総管府を奪還した迂達赤大護軍の細君であると知るはず。
何よりその奪還の折に大きな怪我を負ったイ・ジャチュンの子息が、医仙に救われたとも知っておるはず。
それでも足りぬと言うならば。

「王様。医仙が大護軍の細君として、そして医仙として相応しい振舞いさえ見せれば、御史大夫は黙りましょうか」
妾の上げた視線と正した姿勢に、王様が目を瞠られる。
「確かに。それ以上を追及する口実は無くなるであろうな」
「では医仙に、宮中法度をお教え致しましょう。皇宮の仕来りも、お振舞いもお伝え致しします。それで宜しいのですね」
「王妃」

王様は何故か低い笑い声を立てられた。
「あなたにとって医仙はそれ程大切な方か。自ら徳育を願い出る程に」
「勿論でございます、王様」
「チェ尚宮に頼んでみよう。幼かった寡人を育ててくれた保母尚宮だ。医仙にも素晴らしい徳育を授ける事であろう」
「ありがとうございます、王様」

頷かれた王様は最後にこの手をもう一度握ってから御手を離され
「だそうだ、チェ尚宮。頼めるであろうか」
と、向かいの妾でなく、部屋扉にそっと御声を掛けた。

その扉が開き、茶卓を乗せた盆を捧つ持つチェ尚宮が、出た時と同じく音もなく部屋に入ると、無言で深く頭を下げた。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    今晩は、ウンスの、身体が、持つだろうか? ?気持ちが、有っても身体や、脳が、着いて行けるかが、心配です。今迄無かった事出し無理が、出るのでは無いかと ??医師に、成る為に勉強したのと 、違うから

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