2016再開祭 | 胸の蝶・弐

 

 

「・・・ヒド。まさかと思うが」
黒い眸で此方を睨むと、奴は地を這うような声で低く唸る。
「俺ではないぞ!」
「・・・それなら良い。お主はもう少し話せ。言葉が足りぬ」

ヒョンに言われたくない。
奴はそっぽを向きながら、口の中で呟いた。
それでも話が続かんと気を取り直したか姿勢を正し、ようやく振り向いたヨンは改めて言った。
「仁徳宮の件だ。女が欲しい」
「何故」
「遍照が欲しいと」

あの男、女人に毒を盛ったというこ奴の宿敵と対しているうちに正気を失いでもしたか。
確かに女好きだった。そして女が騒ぐような色男でもあったが。
「面倒だな。いっそ今の内に殺すか」
「物騒を言うな。そういう意味じゃない」
「それなら何故女など欲しがる。仮にも僧籍にある身で」
「よくこなしている。上手過ぎて手が足りん」

向かい合う床の上、息を吐くと肩を竦めヨンは言った。
「鼠が余りに奴を気に入り過ぎて、なかなか側から放さん。厨の下働きに手が回らなくなった。
しかし迂闊に他の者は」
「ああ・・・そういう事か」

二重間者としての働きに安堵して良いか、それとも本来の役を忘れた事に怒るのが良いのか。
判じられずに曖昧に唸る俺の眼には、少なくともヨンはそこそこ満足しているように映る。
「それなら、奴の馴染の女でも寺から」
「それは出来ん」

ようやく軽くなった心持で何気なく言うと、何故かヨンは顔色を変え一言の許に切り捨てる。
「あの男の息の掛かった女は、皇宮には入れられん」
「・・・ヨンア」

唯でさえ秘さねばならぬ二重間者。その手伝いに見知らぬ者を就けるとは、辻褄が合わん。
それはこ奴も重々承知であろう。それでも部屋の中、向かい合う黒い眸に揺るぎはない。
こんな顔のこ奴に何を訊いても、そして何を言っても無駄だ。
何かを隠している。今は俺にも言えぬ何かを。それならば理由は、あの女人以外にはない。

これ以上は刻の無駄だ。
問い詰めようと無言で待とうと,女人が絡む以上口を裂かれてもこの男が吐く訳がない。
相手が俺でも、マンボや師叔でも同様だ。

「・・・探す」
吐かぬ以上早いに越した事はない。腰を上げた俺に頷くと
「済まん、ヒョン」
続いてヨンも立ち上がる。

全くだ。
お主でなくば、そしてお主を生かす唯一の女人でなくば、誰が好んで面倒など受けるか。
部屋を出た俺達の前、手裏房の庭の風に舞う秋霖。
吹き付ける風雨に目を細め、俺達は肩を並べて酒楼へ向かう。

「おや。珍しいね、真昼間っから二人して」
俺と横のヨンの姿を目敏く見つけた手裏房の女主が声を掛けた。
「出掛ける」

荷一つ持たずそのまま壁に掛かっていた外套を一枚引手繰ると、羽織りながら表へ出る。
マンボは俺達が近くへ行くとでも思い込んだか、
「雨が降ってるからね。お気を付け」

聞き咎める事もなくそれだけ言って、あっさりと俺達二人を通した。

 

 

 

 

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