2016 再開祭 | 三角草・前篇

 

 

「うん、大丈夫。よくおとなしく頑張ったわねー」
脈診を終え結んでいた髪紐をほどいて、上げていた髪を下ろす。
うなじから乱雑に両手でほどいた髪が、空気を含んでふわふわ広がって行く。
そんな私と女の子を居間に座ったあの人とマンボ姐さん、そしてタウンさんが静かに見てる。
振り返って大丈夫って言うように小さく頷くと、あなたは少し安心したみたいに長く息を吐いて、やっと肩の力を抜いた。

「急にドキドキしたりするのね?さっきもそうだったのかな?」
タウンさんが用意してくれた洗面器で手を洗いながら、もう一度女の子に確かめる。
女の子は知らない私に急に質問されて驚いたのか、少し怯えたような顔で、それでもきちんと答えた。
「・・・は、はい。それでめまいがして」
「心配したよ、お嬢ちゃん!!」

居間の、いつもはあの人の指定席になってる座椅子。
肘掛けを枕代わりに横になっていた女の子は頷いて、ゆっくりと体を起こすと、居間の中に並んだ私たち全員に順番にていねいに頭を下げる。
「心配かけてごめんなさい。もう帰ります」
「うーん、念のためにもうちょっとだけ横になっててくれるかな?お家で心配されるなら、誰かが連絡するから」
「あの、そうじゃなく・・・もう全然、苦しくないから・・・」

起こした体をもう一度、ゆっくり支えて横臥姿勢を取ってもらう。
さっきまで150あった脈拍数が、10分足らずで70まで落ちている。
この年齢。心臓に先天性の重大な既往症があるなら、この時代でここまで生きてはいられないだろう。
担ぎ込まれた時の150という頻脈、それが10分で70まで落ちた、この症状。

「もうちょっとだけお話を聞いてもいいかな?私は、ウンスっていうの。お名前を教えてくれる?」
「チャンヒです」
「酒楼のすぐ先の、小間物屋の子だよ」
マンボ姐さんも身許を証明するように言ってくれる。
「チャンヒ、可愛いお名前ね。ねえ、チャンヒ。大切なことだから、よく思い出しながら教えてくれるかな?」
「はい」

とっても賢そうな目をした女の子は、始まった私の問診に不安を隠すように、気丈に頷いた。
「怖くないのよ?だいじょうぶ。今横になってもらってるのはね、さっきまでドキドキしてた、ここ」
そう言ってチャンヒの上衣の上から、心臓をそっと押さえる。
今もこうして触診しても、異常な拍動は感じない。

「心臓っていうの。体の中でも、とっても大切なところ。ここが朝も夜も眠らないで頑張ってるから、みんな生きていられるのよ。
それをもうちょっとだけ、休憩させてあげたいからなの」
「はい」
「チャンヒ、さっきみたいに急に痛くなるのは、毎日?」

チャンヒはハッキリと首を横に振った。
「いいえ。一月もない時もあります」
「ドキドキする前に、汗が出たり体が寒くなったりする?」
「いいえ。急に苦しくなります」
「そうかー。よく覚えててえらいわ!痛くなるのは、朝とか夜?それとも今日みたいな、明るい時が多いかな?」

突然の問診にも、チャンヒはきちんと答えていく。
今も思い出すようにゆっくり考えてから、ちゃんと答えを返す。
「決まっていません」
「ドキドキし始めると、すぐ分かる?」
「はい。あ、始まったって分かります」
「うんうん。じゃあ、こっちの、左の首のこの辺から」

子供に分かりやすいように左側頸部に指を当てる。
「この辺から左の指までが痺れたり、痛かったり、重かったり、冷たかったりすることはある?」
そう言いながら頸部から左肩、鎖骨下静脈から肩背側、そして左の上腕部から指先までをゆっくり辿る。
指先まで私の指が届いてから、チャンヒはもう一度首を振る。
「そういうのはありません」
「いつも何となく胸が苦しいとか、痛いとか、ぎゅーっと押される感じがしたりする?」
「しないです」
「頭が痛かったり、吐き気がしたりする?」
「しないです」
「お腹がゆるかったり、逆にうんと頑張ってもお手洗いですっきりしなかったりすることはあるかな?」

女の子にこんな質問はどうかと思うけど、チャンヒはその問診にも無言で首を振ってくれた。
前兆の自覚症状を伴わない突発性の頻脈。
時には1か月以上も起きない発作。
150の頻脈が10分で70まで落ち着く病状。
自分の頭の中に、そんなカルテが出来上がって行く。

「うん。じゃあおやつを食べたら、私と一緒にお家まで帰ろうか」

私が言うと、マンボ姐さんが不思議そうな顔で首を傾げる。
「それで終わりかい」
「はい。もう大丈夫ですよ。ただちょっとだけ、親御さんとお話をしたいんです。姐さんもみんなも、一緒におやつ食べましょう!」
「だけど、いつも元気に駆け回ってる子が急に倒れたんだよ」
「原因はほぼ分かりました。大丈夫ですよ、マンボ姐さん。さあチャンヒ、おやつ食べよう」

いつもは元気に駆け回れる子。それだけの基礎体力がある。
10分で頻脈が正常値まで変動する。慢性の心疾患ではありえない。
これ以上患者に確かめる事はない。
後はご両親に今までの経過が聞ければ、ほぼ病名は確定だろう。

発作性上室性頻拍。

タウンさんがおやつの一言に微笑んで頷くと、居間の隅から腰を上げて、台所への扉を開けて下りていく。
今日はお手伝いできそうもないなあ。
ちょっと心苦しく思いながらもそれを顔には出さないように私は目の前の小さな患者、チャンヒを安心させるように、もう一度目を合わせてにっこり笑ってみせる。

 

 

 

 

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