2016 再開祭 | 寒椿・中篇 〈 泰佑 〉

 

 

想定外の雪崩を起こしたのは、外の雪ではなくこの胸の中。
「テウ、どうしたの?どうしてここで、なんでここに」

本当に久しぶりに聞くお前の高い声、懐かしいその瞳。
こちらに小走りに寄る姿に、思わず両腕を広げそうになる。

無視しようとした心の中に積もった、白く柔らかいもの。
その声、その瞳に再会した瞬間に、それは一気に決壊した。

一緒に過ごした時間。交わした会話。
あの頃俺のものと信じた髪も鎖骨のラインも、爪の形も、睫毛の色まで覚えている。
楽しみだった休日。無理にでも時間を作って会おうとした平日。
晴れた朝の散歩。ランチメニューで迷った昼。酔払った夜の道。

雨の日にどこかの何かを探して、彷徨っていた視線。
呼ぶと初めて我に返ったように、焦点が戻って来た。

最後の白い朝。見詰め続けたベッドの中のお前の寝顔。
あの時確かに呼んでくれた、他の誰でもないこの名前。

いつでもそうだ。意地を張って諦めて、独りで後悔を繰り返す。

そして今ここでこんな再会を果たしたお前の背後に佇む2人の男。
1人は部屋の中には入らず、ドアの外で一瞬迷うように足を止め
「大護軍」
とだけ呼んだ。
呼ばれた男が小さく顎を振ると、呼んだ男はそれ以上何も言わずに頭を下げ、そのままドアを閉めた。
そしてもう1人の背の高い男は躊躇なくウンスの横、影のように守ってついて来る。

さっきの会話からドアの外の男がチュンソクだろう。
そして今ウンスの横にいる男の顔は忘れようもない。

部屋に入った瞬間から、こちらを警戒しながら真直ぐ寄る男。その外見に経年の影響は特にない。
ほぼあの時の防犯ビデオのまま、髪が少し短くなった程度か。あのビデオでは長髪を結んでいた。
ビデオ画像のプリントなんて照会する必要はない。この男だ。
誘拐実行犯、そしてお前が泣きながら探し続けた男。韓国人なら知らぬ人間はいない。

高麗無双の大将軍、崔瑩。

その身長は防犯ビデオから推定した通り。185、いやもう少し。
ウンスの横、こちらの動きをいつでも遮れる動線を取っている。
そしてすぐに気づく。この男の足音がしない。今部屋の中に響いているのはウンスの足音だけだ。
さっき廊下から聞こえていたのは、この男以外の3人の足音か。

男の足許を確かめる。雪だというのに黒い鞣革の軍靴。
細身とはいえこれ程の長身、それなりのウェイトはあるだろう。体幹でコントロールしているわけか。
その身のこなしはSPや並の軍人のそれとは比較にならない。
軋む木の床を吸収素材も使わない軍靴で足音もなく歩く男。
ROKN UDTでも通用するかもしれない。武神の名は伊達ではない。

「崔瑩さんか」
ひとまず敬称をつけて呼ぶと、男は心の読めない目で頷いた。

「如何にも」
そして目前で足を止めるとウンスとの間に立ちはだかるよう半歩出て、無表情のまま懐から一通の紙を差し出す。
「これはお前か」
こちらはさん付けで呼んだが、いきなりお前と来た。
どう見ても同年代、いや、むしろ年下にも見えるが。

その声にこちらも無表情に頷き返す。
突然始まった男同士の穏やかならぬ神経戦に、ウンスは少し戸惑ったよう最初に横の男を、次に俺を見て言った。
「ハングルだから、この人は読めないの」

その声に頷き返す。ハングル創製は1446年。この時代の100年程後の事になるわけだ。
今ハングルならこの世界でウンスだけが読める秘密文書が書ける。
そんな風に考えて思わず浮かんだ微笑みが、目の前の男には大層気に障ったらしい。
大きな手で脇の椅子を乱暴に引き、物凄い音を立てて腰掛ける。

ウンスは困ったように笑うと
「うーんと、うん。まずそう、座ろうか?あ、お茶もらおうかな?
テウはご飯ちゃんと食べてる?もし良ければ一緒に開京に来ない?
あ、でもここから離れるのは心配よね、私もそうだったし」

落ち着かないようまず男の横の椅子に腰を下ろし、お茶と言って立ち上がり、そして首を傾げ、その後に雪景色の窓の外を見る。
困らせたい訳じゃないんだ。そんな理由で探した訳でもない。でもあの頃のように手を握って落ち着かせる事は出来ないから
「ウンスヤ」
落ち着かない彼女の名前をそっと呼んだ。

その声を聞いた瞬間、目前の男の形相が一変する。

入って来た時から決して友好的な態度と言えなかったが、これ程敵意剥き出しで睨まれるとは思わなかった。
チェ・ヨンという男、口数は少なそうだがその目は饒舌だ。
睨み殺されそうだな。メデューサもかくやの鋭く黒い目に。

その目を真直ぐ受け止めながら腕を組み、ゆっくりと笑い返す。
いつでもテーブルを蹴り飛ばし立ち上がれるよう、体から無駄な力を抜き、神経だけを研ぎ澄まして。

試してみるか?こっちも黙って引き下がってやるつもりはない。
何の為に新人時代から先輩たちに道場で可愛がられて来たと思う。
ネゴシエイト?アクティブ・リスニング?そんなもの糞喰らえだ。
敬意を払わない奴相手に、こっちが敬意を払う理由はないだろう。

高麗無双の武将だか鵜匠だか知らないが、安心して良いぞ。
こっちもお前が気に喰わない。お前が露骨に嫌う程度には。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    うおおっ!アップありがとうございます!
    お互いに敵意剥き出しって…(・_・;)
    また次回の更新がまちどうしすぎる展開だ!

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