2016 再開祭 | 佳節・拾伍

 

 

ようやく薄闇の下りてきた河原。

竈の火、あの方の持参して下さった手作りの虫除蝋燭。
そしてそれでは結局足りず、奴らの焼べた焚火が揺れる。

未だ西に紅の残る藍空を背景に、河原に散った奴らが酌み交わす影。
空の藍の濃くなる程に、響き渡る笑い声が大きくなる。

あの方はマンボとタウンに囲まれ、他の奴からは離れていて下さる。
幸いだと息を吐き、握る盃を一息に煽る。

「此処にいたか、チェ・ヨン」
焚火を背に半ば影のアン・ジェが、静かに呼んで歩み寄る。
その沓下で河原の石が小さく鳴り、己までの距離を知らせる。

真横で石音は止まり、奴の吐く息の音に変わる。
危うい手つきで握った酒瓶から俺の盃へ注ぐ焼酎は半ば零れ、この手をしとどに濡らす。
「無粋をして済まなかったな」

零した事にも気付かぬのか、奴は次に己の杯を満たして煽りながら言って頭を下げた。
「・・・何が」
「迂達赤隊長から聞いた」

少し困ったように中途半端に笑顔を歪め
「医仙とお前と、二人の生誕日の祝宴だったと」
「余計な事を」
「何故隠した。分かっていたら俺達だって何か用意をしたのに」
「アン・ジェ」

横の男から眸を逸らし、夕闇の中、音だけになった黒い流れを見つめる。
「碌な事が無い」
「何がだ、いきなり」

「臣下の身で生誕の祝いを催したなど、重臣達に知れてみろ。俺だけが反逆罪に問われるなら良い。
医仙、迂達赤、手裏房、禁軍。全員が同罪になり兼ねん」
「たかが祝宴で考え過ぎだろう。重臣らを見てみろ。己や家族どころか、年端も行かぬ遠縁の赤子の生誕祝まで」
「それが逆臣でなくて何だ。この国で生誕日を祝うべきは、王様と王妃媽媽だけだ」
「確かに奴らは己の力を誇示したいのだろう。だがお前は違う、俺達が勝手に押し掛けたんだからな」
「他者に違いは判らん」

此処まで宴の噂が広まったなら、其処には必ず名分が要る。
集ったこいつらが罰せられず済む名分、それには慰労会しかなかった。
「とにかく」

太く息を吐き、岩から腰を上げる。
そして懐へ手を突込むと、ざらりと銭を掴み出す。
「労う立場で酒は受け取れん。これで埋めろ」
「内幕を知っているのに受け取れるか!」
「お前らは愉しんで飲めば良い」
「それでは只の迷惑な客だろう。俺の面目はどうなる。これでも護軍鷹揚隊隊長だぞ」

臍を曲げたらしき声にも一理あると唸る。
確かに禁軍の手前、こいつの面目を持ち出されては無視は出来ん。
「・・・では俺達からという事にする。料理は迂達赤、酒は禁軍から。
そこに王妃媽媽の下賜の御膳。どうだ」
「よし、それで行こう」

妥協の案を見出して明るくなった奴の声に頷き、共に河原を歩き出す。
「しかしお前も苦労が絶えんな。宴一つ開くにもそこまで考えるか」

黒い流れの川音に紛れ、笑みを含んだ声がする。
「天界のやり方に振り回されて。お前も考え過ぎだが、医仙も事起こしな方だからな」
「お前が言うな」

俺があの方のする事に気を揉む分には良い。腹を立てる分には構わん。
しかし門外漢のこいつに、あの方を貶される覚えはない。

「そこに惚れた訳か」
幼馴染の気安さか、重ねた盃で口を滑らせたか。
揶揄う声に強く眉を顰めても、その顔が見えぬ男に効き目はない。
「黙れ」
「なあ、チェ・ヨン」

雨上りの藍空に、久々に光る星。並んだアン・ジェは空を見上げて言った。
「兵達の気持ちまでは判らん。ただ俺はお前たち二人が羨ましい。
だから揶揄いたくもなるし、集まりと聞けば首を突込みたくなる。
お前たちを見てると此方まで気分が良くなる。
医仙を捨て身で守るしか知らんお前を、どうにか助けたくなる」
「・・・酔ったか」
「そうだ、酔った。酔払いだから本音で言ってやる」

開き直った大声で言いながら、奴が其処で足を止める。
「廿の頃のお前を覚えている。赤月隊の頃だ。ムン・チフ隊長と共に、時折父上の処へ立ち寄っていた」
「ああ」
「隊長を亡くした後のお前もな」
「・・・そうだな」
「迂達赤と禁軍で反目しあっていた頃も、お前に敵意はなかった」
「上官との下らん諍いだ」
「今のようなお前を見たことは、一度もなかった」

本気で酔っているのだろうか。
同意を求める事も無く独りで空に顔を向けたまま、奴は取り留めの無い思い出話を話を続ける。

「いつも世捨て人のような面をしていた。何の為に戦っているのか、俺から見たら全く判らなかった。
歴代の王への忠誠心は見えなかった。かと言って出世を狙ってもいない。なあ」

酔払いは仰いだ空から俺へと顔を戻し、心底不思議そうな声で尋ねた。
「お前、何の為に迂達赤にいたんだ」
「過ぎた事は良い」
「知りたいだけだ、たまには良いだろう」
「絡み酒か」
「そうだよ。だから教えろ。ずっと気になっていた」

何の為に。

何の為に生まれ、今日まで生き、今日此処にいるのか。

答は変わらん。いつ何処で誰から尋ねられようと。
但しそれを口にするかどうかは尋ねられた相手に依る。

「そのうち判る」
それだけ言って先に立ち歩き始めた薄闇の中の俺の背に、
「全く吝嗇な男だな!」

完全に酔客と化した男の沓音が、笑いながらついて来る。

 

 

 

 

2 件のコメント

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    お話、いつもありがとうございます!
    二人の考えとは少し?かなり変わってしまったパーティーですが、甘々なでなくても、男の世界 みたいなノリが好きだな~と思っていたら、最後にやっぱり激甘でした~♪
    何のために生まれてきたかだなんて!
    いやあ、アン・ジェさんからの言葉からこんな仕掛けが待っていたとはびっくりです。
    いやあ、深いです!

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