2016再開祭 | 竹秋・柒

 

 

赤月隊の戦場は、殆どが倭寇相手の海辺だった。
その動向を見張る為、目塞ぎの高台の断崖に営を張る事が多かった。

ある春の日。
先発隊が敵の動向を確かめ戻って来ると、焚火の周囲で珍しく大きな笑い声が響いていた。
近くに敵の気配もなく、陽の明るさと海鳴りで掻き消されるとはいえその笑い声は余りに大き過ぎた。

視察に出ていた俺達が顔を見合わせ営へと急ぐ。
海から見上げても見つからぬよう茂った竹林の間に張った営の中、皆が焚火を覗き込み笑い転げていた。
「何事ですか、隊長」

部隊長が隊長に声を掛けると、珍しく口許を緩めていた隊長が無言で焚火の向こうを指した。
其処には笑う皆に囲まれ、拗ねたような顔で胡坐をかくヨンが居た。

「笑い過ぎだ。外まで聞こえた」
末子の奴の頭を小突きその横に腰を降ろすと、拗ねた顔のままヨンは焚火を指した。
其処には火焚きの薪ではない、半ば焦げた黒い塊が幾つもある。
「あれは」

俺の問う声に、ヨンではなく焚火を囲む周囲の奴らが口々に言う。
「筍だ。ヨンアが掘って来た」
「巧いものだ。未だ頭も出ていないのを見つけて一抱えもな」
「雷功だけでなくこんな才まであるとは」

周囲の奴らが口々に誉めそやすのに、俺の隣で奴は得意げに頷いた。
しかし俺が手甲を嵌めたまま焚火を指すと、皆が黙って指先を見る。
「何故黒焦げだ」
「焼いて喰おうという事になってな。そうしたらこいつが言うんだ」

ウォンミョンがヨンを顎で示すと思い出したのだろう、可笑しそうに声を震わせる。
それはまるで奴自身の操る、地功のような震えだった。
「丸ごと焚火に燃べて仕上がりを待とうと。いつもそうして喰ってたと言うんだよ」
「本当だ!」

ウォンミョンの声に、ヨンが声を張り上げる。
「俺はそうやって喰ってたんだ」
「皮ごとか」
「それは・・・」

奴も自信がないのだろう、意地で張った声が小さくなる。
「俺の知る焼き筍は濡らした紙で包んで熾火の下に入れていたけど、でも此処に紙はないだろ。
だったら皮を剥かずに焼けば、蒸し焼きになると思ったんだ!」

その声に感心しながら俺は頷いた。確かに幾重にも重なった皮に守られ、筍は蒸焼になる。
「ふむ。理屈は合うな」
「だけど」

俺が頷くとヨンは地に転がった手近な竹を一本取り上げ、焦げた筍を焚火の中から搔き出した。
そして熱そうに爪を立て、焦げた外皮を剥いて行く。
何枚剥いても下からまた新たな皮が顔を出す。筍だから当然だ。
丸々と太った筍はヨンの爪の先、最後は手にした竹枝より一廻り太いくらいの頼りない姿になった。

「焦げた皮を全部剥くと、こうなっちまう」
焦げた外皮を剥くと掲げ、奴は困ったように首を傾げて細い筍の成れの果てを眺めた。
「ヨンア・・・お前、全部剥く奴があるか」
この坊主の育ちの良さは想像以上だ。筍の喰い方も知らんのか。
「良いか」

ヨンの握る竹を奪い、同じように焚火から黒焦げの筍を一本搔き出す。
焦げた外皮を適当な処まで数枚剥き、筍の頭の焦皮を上から三分ほど切り落とす。
次に地中の親根に付いていた固い処を落とす。
太って丸い形はほぼ変わらずに、短くなった焼筍が出来上がった。
まだ熱い湯気を上げるそれをヨンに返しながら
「こうするんだ」
「・・・そうか」

受け取った筍を隊長に差し出しながら、ヨンは深く頷いた。
「知らなかった。全部剥かなくて良いんだな」
「当たり前だ、剥いたら喰うところがなくなっちまうだろう」

揶揄うようなウォンミョンの声に焚火の周囲でまた一斉に笑いが起きる。
「どうして最初に教えてくれないんだよ、ウォンミョンヒョン!」
「いつ気付くか見てたんだ。それに足りなければ、ヨンアがまた掘って来てくれるだろうと思ってな」

その声に笑いながら、部隊長は俺達が海から持って来た土産を網ごと隊長へ差し出す。
「良かったですね、隊長。ヨンの筍はともかく、今日は鮑があります」
「鮑に筍か、春だな」

焚火の上に渡した網に次々と乗せられる鮑を見ながら、誰かが風流な事を言った。
隊長は小さく頭を振り、頭上に重なる竹葉を透かすように顔を上げた。

「竹秋だ」

春先に旧葉が白枯れる竹、竹秋とはつまり春のことを指す。
敢えて竹秋と呼ぶ隊長の声に一抹の寒さと淋しさを嗅ぎ取ったのは、俺の勘違いだったのだろうか。

あの時、もう隊長には全てが重くなっていたのだろうか。
武人として散り逝く最後の舞台を探していたのだろうか。
今となっては判らない。唯一真実を知る隊長には二度と会えない。
皆が集い笑い合う焚火は二度と灯らない。その焔はもう囲めない。

だからお前だけは喪えん。もう厭なんだ、ヨンア。
思い出しただけだ。トギと名乗る娘が来た夜に。
テマンがその声を代わりに伝えた時に。
お前の愛しい女人が筍を喰いたいだけなら、俺の出番などない。
寧ろ出張るべきではない。お前が掘って焼いて喰わせれば良い。
あの女人ならお前の黒焦げの筍も喜んで喰うだろう。
しかしああして他の者を巻き込んで、此方を駆り出そうとするなら。

思い出しただけだ。若く無邪気なお前の拗ね顔を。
忘れてはいない。忘れる事など出来んあの日々を。

隊長が竹秋と呼んだ、竹葉の積もる地を踏み締め奥の広場へ進む俺の横。
あの頃よりも大人になった男が足を止め振り返る。
「テマナ」
「は、はい大護軍」
「・・・あの方は」

そこで初めて気付いたテマンが、慌てて肩越しに後ろを振り返る。
先刻竹林の入口近く、立っていた筈の女人とトギの姿が消えていた。
振り返る俺達の視線の先を確かめて、最後尾のシウルが言った。

「天女はあの子とさっき林を出てったぞ。準備したいものがあるから取って来る、すぐ戻るって」

その声に俺は首を振った。
相変わらず勝手なあの女人の振舞いも、その勝手を許すお前の甘さも到底理解出来ん。
しようとも思わん。
そして俺の為人を誰よりよく知るお前は、気まずそうな顔を誤魔化す為か。
眸を逸らし顎を上げ、竹林の遥か上の青い春空を見た。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    いつも素敵なお話をありがとうございます。
    アンケートに回答して参りましたが、問①にものすごく迷いました。
    さらん様は読み手あってこそと仰って下さいますが、お話を楽しみにするばかりの私にとってはさらん様あってこそなので、さらん様が必要と思われたのなら賛成致します。
    さらん様のつくる信義・ヨンの世界観が大好きだから、さらん様が納得できるものが私としては一番嬉しいのです。
    しかし、引っ越しをしてパスワード変更に伴う通知などのお手間を考えると安易に賛成もできず…
    お話を楽しみにしている読み手が多いほどご負担がかかってしまうことが心苦しく思います。
    そこで悩んだ結果、さらん様のモチベーションが上がることよりも、下がることを恐れて「反対」とさせていただきました。
    しかしどんな形になっても応援していくことに変わりはありませんので、どうか心の赴くままになさって下さいね。
    長文、失礼いたしました。

  • SECRET: 0
    PASS:
    ヒドひょん、ヨン、赤月隊、隊長
    もうこのWORDは泣けます(´_`。)
    前々回から続く大好きなヒドひょんのお話し
    ホロっとしたり笑ったり
    このままいつまでもウンスとヨンの
    大事な家族の一員として生きていってほしいなと
    しみじみ思っちゃいます。

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