2016 再開祭 | 嘉禎・17

 

 

この方が背後で何かしたのか、部屋の中に突然橙色の灯が燈る。
「うんうん、なかなかいい部屋じゃない?」

後から踏み込んだこの方は、恐れもせず横を擦り抜けて空の方へ寄って行く。
「イムジャ!」

擦り抜けざまのその腕を、思わず強く握って止める。
制止を受けたこの方が目を丸くし俺を見た。

「びっくりした!なに?」
「落ちたら如何する!」
「・・・え?」

目も眩むこの高さから落ちれば命など無い。
肝を冷やして叫んだ俺を丸くした瞳が見詰め、次に得心したよう三日月に緩む。
「来て来て、ヨンア」

掴んだ腕を逆に柔らかく掴み返され、ゆっくりと引かれる。
決して足許を見ぬように顔を上げ、その空にだけ眸を向けて進む。

部屋の突き当り、空の目の前でこの方が俺の腕を伸ばす。
その指先は空に届く寸前に鈍い音を立て、途轍もなく固く 透明な何かに阻まれた。

「これね、強化ガラス。もちろん割れない。
そうねー、あなたと迂達赤のみんなと、叔母様と武閣氏のオンニたち。
その全員で力一杯 蹴っ飛ばしても、絶対にね。だから安心して?」

その言葉に、空と俺達を阻む目に見えぬ透明な板に触れてみる。
斜めに覗き込めば、向こうの夜空がほんの僅かに歪む。

確かに分厚そうだ。
本当に割れぬか蹴り飛ばしたいが、それをすればさすがにこの方も怒り出すかもしれん。
「・・・はい」
「ヨンア、お腹すいてない?」
「・・・いえ」
「のど乾いてない?」
「・・・いえ」

部屋の橙色の灯の色は、何処か宅の寝屋の油灯の色を思い出させる。
違うのは風で揺れぬ事だけだ。

そうだ。この部屋は音が無い。そして風も無い。全く無い。

天に上がったからか、それともこの厚い透明な壁が全て阻むのか。
まるでこの天界の中、この方と俺しかいない程に静かだ。

あれ程の者が行き交い、これ程の灯が瞬き、光の川が流れているのに。

ふと思い立ち、回廊と部屋を隔てる扉へ戻る。
しかし開ける筈の、板を挿し入れる溝が無い。
「ああ、ドア開けたい?」
「はい」
「じゃあそのまま開けられるわよ」

その言葉に鉄の把手を握って引く。
扉はこの方の言葉通りそのまま開く。

横から両掌で挟み、厚みを確かめる。
今まで見た事すら無い程に分厚い、一枚板のその扉。

外からは破れん。開くには俺か、この方の持つ板が要る。
そして中からは、こうして容易に開く。

安堵の息を吐き扉を確りと閉め直し、其処から部屋内を振り返る。
右手にある一段高くなった別の扉に気付き、静かに開く。
「ああ、そこはバスルーム。トイレとお風呂よ」
「はい」
「使ってみる?」
「・・・はい」

この方は柔らかそうな長椅子に埋まっていた体を起こして近寄ると、小さな扉を入る。
「これは、トイレね。厠」
「・・・はい」
白く冷たそうな陶器の椅子を見つめ、俺は頷いた。

「使用後は、これで水を流してね」
この方が小さな銀の取手を押すと、白い陶器の中で水が流れる。
「はい」
「で、これがお風呂」

この方が次に半ば透き通った不思議な色の、天井から垂れた布を指先で壁側へ寄せた。
その向こうにあった不思議な形の金具を指し
「ここで、お湯が出るわ」

そう言って小さな手で握り手首を捻ると、確かに壁に据えた管の先から音を立て水が迸る。
しかしそれが温かい証拠に、小さな部屋内はあっという間に立ち込める湯気で曇って行く。
「熱かったらこっちで調節するの」

小さい手が、もう一つの金具を握って回す。
管から迸る水量は増し、ただし湯気は増えない。
「で、ここを押すと」

この方が別の小さな金具を押す。
壁の金具からまるで真夏の夕立のように勢い良く水が降って来る。
「思ったよりバスタブ大きいわ。良かった。これならあなたも大丈夫ね」
「・・・はい」

ばすたぶが何かは分からんが、確かにこの広さ。
この方がのんびり手足を伸ばして湯に浸かれるだろう。
頷くとこの方が笑い返して手を握る。
「一緒に入ろうか?」
「・・・は?」
「この広さだもの。一緒に入れるわよ。バスソルトと、オイルとキャンドル買って来て、一緒に入ろうか?」

突然何を言い出すのだ。共に湯を使うという事か。
問い返す事すら出来ず茫然とする俺の横。
この方は嬉し気に指を折りながら、うっとりと言い募る。
「最高じゃない?ルームサービスでシャンパン頼んで。
2人で飲みながらバブルバス。ああいいなあ。ホテルならではよねえ」

其処でようやく返答の無いのを不審に思うたか、瞳が此方へ戻る。
「ヨンア?」
「・・・はい」
「熱でもある?耳が」

小さな掌が頬に触れ、額に触れ、その指先が頸へと伸びる。
最後に手首の血脈を探り、その瞳が閉じられる。
「うん、変わらない。大丈夫」

そう言って開いた瞳から眸が離れない。
宅で典医寺で戦場で、幾度となく繰り返した触れ合いの筈が。

立ち込める湯気のせいか。息苦しさに、思わず唇を薄く開く。
まずい、この小さな部屋の中はまずい。
「ゆるりと。湯でも、厠でも」

それだけ言い捨てて、俺は小部屋を飛び出した。

 

 

 

 

9 件のコメント

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    さらんさん、おはヨンございます❤️
    強化ガラスが見えなかったのね!透明度半端ないしガラスがあるのにも気付かないよね。
    一通り使い方も習って学習しましたかね(๑•̀ㅂ•́)و✧
    一緒にお風呂~!!
    ププッw ヨンたら❤️
    照れちゃって( ´艸`)
    二人でゆっくりお風呂に入って寛げばいいのに\(//∇//)\
    でもヨンはしないかなぁ?
    でもここ天界だし、敵も襲ってきませんよ?
    扉の頑丈さは確認済みですしね(*´罒`*)ニヒヒ♡

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    「落ちたらどうする!
    その気持ち。分かります(笑)
    現代人の私でも、恐いと思う時ありますものね(^-^;
    ウンスとロマンチックな夜を過ごしてくださいね❤

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    さらんさま
    確実に私たちのよく知る、さらんさん家のヨンなのですが・・・
    可笑しくてたまりません。
    頭脳明晰・大胆不敵・冷静沈着なはずなのに(ウンスのこと以外ですが)・・・
    静かに静かに、かなりイヤイヤものすごく動揺しているのが、ツボです❤
    動揺の仕方がまた、オモシロイ。
    後ろからついて回って、いちいちツッコミを入れたくなってしまいます。
    それに妄想まで加わっちゃっての小僧のような反応が可愛すぎです❤
    天然ウンスさんにはわからないんでしょうけど・・・
    計算してないところがまた、素晴らしい。
    ひとりで手を叩いて爆笑です。
    ・・・かなりアヤシイですけど、今日も1日頑張れそうで、とてもありがたく思っております( T∀T)

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    素敵です(^^)
    ヨンの顔が、想像できて思わず、笑っちゃいました(~▽~@)♪♪♪
    もう、こんなところが大好きなんです(//∇//)
    シャイなヨン、さらんさん最高です(^o^)v

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    お早うございます!朝から楽しく読ませて頂きました~(^-^)韓国は混浴がないんでしたっけ?つまり高麗にもないのかな(笑)一緒にお風呂と聞いてびっくりなヨンを想像して、ニヤニヤしてしまいました(笑)天界で頑張れヨン‼

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    イヤァ、もう…。何ですか!この可愛すぎるヨン 萌えですわ。(≧∇≦)
    此方の世界に来てからの緊張しまくりのヨンが、ここでデレッ…。ますか?(;>_<;)
    その場から、逃げちゃう…( -_・)?ですかー!
    朝から、此れは…。(≧∇≦)
    仕事に行く前の戦闘態勢の私にとって、いい力加減に力みが抜けました。
    おかげ様で、恙無く厄介事がクリア。(⌒‐⌒)
    ありがとうございます(^ー^)

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    フロントではウンスが顔を赤らめ,バスルームではヨンが(///∇//)
    ドギマギしたんでしょうねぇ( ´艸`)
    ウンスも半分本気,いやかなり本気で言ったかも。まだ新婚さんですもんね~^^
    二人でいる時位,疲れを癒して欲しいけど,ヨンは落ち着かないかしら?
    続き楽しみにしています♪

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    まずい。まずい。。。と焦るヨンですが(笑)
    どうしてこんなに・オクテ・なんでしょうかぁ♪♪
    ウンスさんの常識が2012年仕様になってます...
    次は何をするのかな?
    ビジネスセンター。お買い物。お風呂。ご飯。お泊り~
    お話が待ち遠しいです

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