2016再開祭 | 桔梗・拾弐

 

 

秋の散策にはうってつけの快晴の日。
風はなく、澄み渡る空から降る陽は眩しい。

開京の市中、すれ違う民らは一様に笑いながら頭を下げる。
「大護軍様」
「大護軍様、奥方様、お揃いでお出掛けですか」

そしてこの方は声に一々足を止め、顔見知りの民らと立ち話に興じる。
顔色の悪い者や怪我を負った者はないかと案ずるよう様子を確かめる。
まだ話せぬような幼子が咳をしていればその額に手を当て、優しく口を開かせて咽喉の奥を診、慌てて薬房に駆け込んだりする。
そして自腹で求めた薬包を手に飛び出して来てその母の手に握らせ、代金は頑として受け取らず逃げるように手を振ると、この袖を引いて歩き出す。

一事が万事そんな様子で、歩みは遅々として進まない。

きっとこの方は散策気分なのだろう。
弾むように横に沿い、気紛れに足を止め、思い出したよう走り出し、そして止まって振り返り。

そのたび此方を確かめて、秋の陽の中三日月の瞳が笑う。
花を見つければ手招きし、辿り着いた俺に指して見せる。
頷いた俺にもっと満足そうに頷き、ふとこの指先を握る。
かと思うと誘われるようふらりと市の店先に立ち止まる。
何か欲しいかと眸で問えば、首を振って其処を後にする。

こうして本当に散策だけで今日が終わってしまえば良い。
沙漏の砂が零れるように、さらさら過ぎてしまえば良い。

重い足で小さなその背を追いながら思う。俺は怖いのだ。
思い出させて泣かせるのも、打ち明けて逃げられるのも、会わせて傷つけるのも、何もかもが。

そんな事になるくらいなら、いっそ手にした全てを捨てたい。
面目、外聞、立場、官位。
この方を傷つけてまで守る価値のある物など、この世に何一つない。
そしてこの方を護る為なら、己の持つ何と引換えにしても構わない。

あなたの家訓通りだ。誠実に本質に向き合え。
そして父上のお教え通りだ。見金如石。
あなただけを護るならこの体一つさえあれば充分なのに、余計な付録が足枷になる。

「イムジャ」
「なあに?」

賑やかな市中を抜け、李 子春の宅に近付く程に言い聞かせる。
誰があなたを傷つけるのも赦さない。そして俺のつけた傷なら、必ず俺が癒してやるから。

町中にも拘らず小さな掌を握る。
逃がさぬように、そして一刻も早くこの対面が終わるように。
「急ぎましょう」

俺の愛するこの方には、為さねばならぬ事が多過ぎる。
こんな美しい秋の日につまらぬ対面に費やす刻はない。
来るべき冬に備え、出来る事なら開京の民全員を診ておきたいような勢いだ。
いきなり手を握ったこの方は躊躇うどころか、嬉し気に俺の指を握り返すと、勢い良く歩き出す。
そして数歩進んでから気付いたように、改めて俺を見上げて問うた。
頭上から降り注ぐ秋の陽に透けた瞳を、眩し気に細めて。

「あ、それで?これからどこに行くの?」

 

*****

 

「教授」

ユン刑事の声に呼ばれて、驚いて顔を上げる。何故彼が研究室の入り口ドアに立っているのか理解できずに。
そして昨日はいなかった年配の男性と女性が、こちらに向けて頭を下げるのかが尚更理解できずに。
「朝早くから申し訳ありません」

全く申し訳なくなさそうに言いながら、ユン刑事はその男女を部屋の中へと先に通す。
まるで自分がここの部屋の主だとでも言いたげな顔で。
その男女は部屋へと入ると、私を見てもう一度頭を下げた。
「初めまして」
「は、じめまして。あの、御二人は」
「ああ、ご紹介が遅れました」

続いて私のデスクまでやって来たユン刑事は、その男女を手で示した。
「こちらの御二人は、ユ・ウンスさんのご両親です」
「・・・御両親?」
「実は、昨日教授と話した後、御二人にご連絡を。
念には念をと思いまして、ユ・ウンスさんの筆跡の判る物をお持ち頂いた次第です」
「・・・ソン・ジウさん!」

何と勝手な人だ。そして何と残酷な人だ。
藁にも縋りたい気持ちの被害者の身内を呼び出し、その目の前で手掛かりがまた一つ消えるのを見せるのか。

それならユ・ウンスの直筆の手紙でも何でも、ただ借りてくれば良いだけだろう。何もここまで連れて来ることはない。
腹に据えかね乱暴に椅子を立ち大声で呼ぶと、パーテーションの向こうのデスクから様子を窺っていたらしきソン・ジウさんが、急いでこちらへ走って来た。
「はい、教授」
「ご夫妻を応接室にご案内して、お茶をお出しして下さい。申し訳ありませんが、私は手続きに行って参ります。ユン刑事」
「何でしょう」
「一緒に来て下さい。閲覧手続の書類にサインを頂きたい」
「判りました、それでは」

ユン刑事はユ夫妻に丁寧に頭を下げると、私について研究室を出た。
「どうぞ、こちらです・・・」

閉まる寸前のドアの隙間から、研究室の中からソン・ジウさんの案内の声が漏れて来た。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    とうとう言えなかったのね
    ウンスの顔色が 悪くなるの
    見たくないものね…
    だだの 散策じゃないのは
    わかっていると思うけど…
    嫌なことは さっさと終わらせなきゃ。
    筆跡鑑定か… (๑•́ •̀๑)
    ますます 混乱しそう。

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