2016再開祭 | 蔥蘭・結篇【真偽】

 

 

「一体何の騒ぎだ!」
待つ程もなく、遠火出して言った女が連れて来た官軍が四、五人、軍沓の足音を響かせて酒楼へ踏み込んで来た。
「酔払いの喧嘩の仲裁など、官軍の役目ではないぞ」
「よく来たな、こいつを捕まえろ!」

入って来た官軍に威勢良く叫びながら、小男が俺を指した。
「何だ、お前は」
その官軍らは胡散臭げに小男を眺めた後、その指の先の卓に座る俺とこの方の顔を確かめ
「もしや」
「・・・大護軍!!」
「大護軍!!」
「何故鎮州においでなのですか、大護軍」

口々に呼んで直立不動に直ると、それぞれ深く最敬礼した。
「そうだ、この男は大護軍チェ・ヨンに狼藉を働いた。今すぐ捕えて」

男の戯言など一切気にも留めず、見覚えのないその官軍の一人が俺に向けて尋ねると、続いて卓向いのこの方の顔を確かめた。
「医仙様までご一緒で、何かありましたか。監営からは特別に何も報せは出ておりませんでしたが」
「て、護軍・・・」

無視された体の小男もようやく事情が呑み込めたのか、官軍の声に顔色を変える。
「お前が、大護軍」

小男の声を無視して、俺は官軍の小隊長らしき男の鼻面に寄る。
おかしかろう。俺とこの方の身許を確かにする為、王様より直々に勅許の号牌までお預かりした。
それなのにこの顔を見ただけで、こんな呆気なく事が進むなど。
「名は」

問うた官軍の男は嬉し気に頬を紅潮させ、姿勢を正し改めて真直ぐ俺を見て答えた。
「はい!イ・スンムといいます!」
「スンム・・・」
「はい、大護軍!」
「身許も確かめずに話し出す馬鹿が居るか!」
「も、申し訳ありません!大護軍の御顔を存じ上げていたので・・・以後、充分に気を付けます!!」

俺の一喝に頭を下げたスンムと官軍らは思い出したように、続いて先刻まで威勢良く息巻いていた偽の男へ目を投げた。
官軍の視線の中、床を這うように低くなり戸口近くまで進んでいた男が足を止め、情けない顔で振り返る。
「お前・・・様が、大護軍」
「ああ。そうらしい」
「そ、そうか。いや、そうでしたか。これには深い訳が」
「監営で話せ」

吐き捨てた俺の声に、小男は冷や汗を浮かべた顔に空々しい笑みを張りつけ、次の瞬間扉に向け一目散に駆け出した。
「ちょ、ちょっとあんた!」
置いて行かれた偽の女がその背に叫び、続いて男を追って走り出す。

その時扉脇で腕を組んでいた墨染衣の下衣の裾から、無駄に長い右足だけが扉口に伸びる。
どうやらヒョンはもう、この下らぬ諍いに心底倦んでいるのだろう。
黒手甲を外すどころかたった一歩すら無駄だと、面倒臭がっているらしい。

それでも武術の心得は疎か逃げる事すら下手なチェ・ヨンは、その長い足に蹴り躓いて無様に床へ倒れ込む。
背を追っていた女が勢いでその背の上から押し潰すように重なり、下敷きになった男は情けない声で呻いた。
「大護軍」
「おう」
「あいつらは一体何を・・・」

男女の様子を見ていたスンムは首を傾げ、俺へと振り返った。
あんな者がほんの一時でも己の名を騙ったとは。
余りの醜態に呆れて声もなく首を振ると、
「サンドイッチごっこじゃない?まずそうだわー。最低」

無言の場の空気を取成すように、この方が何やら天界語で呟いた。

 

*****

 

男にも女にもその場で縄を掛け、官軍らが酒楼を出る。
「先に監営へ戻ります。御用が済めばおいで下さい」

遠ざかっていく官軍らを眺め。ヒドは黙って首を振った。
共に来る気など端から更々ないらしい。引立てられる男女を冷たい眼で一瞥すると
「開京で会おう」

それだけ残して墨染衣の裾を翻し、大路の雑踏に紛れて消える。
女はそんなヒドの背を見送った後に
「だから言ったのに。わざわざ官軍なんて呼ばないで、捕まえるか斬るかすれば良かったじゃない」
そう言いながら口を尖らせた。

この方も口に出さぬまでも同感なのだろう。
御自身で鉄槌の一つも下せなかったのが心残りなのかもしれん。
女の声に大きく頷くのを確かめ
「お前にはもう一つ頼みがある」

俺の声に、ヒドの背を追おうとしていた女が足を止めた。

 

「我が監営で、このような醜態が起きるとは」
鎮州監営で向かい合った郡守は渋面で、俺と、続いてこの方に対し
「私の不行き届きだった。まことに申し訳ない」
卓の向かい側からそう言った。

「王命により罪人は開京へ連れ戻します。手配を」
俺の声に郡守は表情を凍らせる。
「王命・・・」
「何か」
「あの者らは、鎮州で裁くわけにはいかぬのだろうか」

事が公になる事で己の経歴に疵が付くのを恐れたのか、郡守は阿るように俺を見た。
「郡守殿」
顔を晒しただけで身分が露見したのは計算の外だったが、我が主君の読みは当たらずも遠からずと言った処か。
己の懐に指を差し込み、まず其処から一枚の書状を取り出す。
「偽医官に金子を支払った貴族の一覧」

乱暴な字で書き付けられた書状を卓上に広げ、郡守へ示す。
続いてずしりと重い革袋を取り出し、その書状の横へ置く。
「貴族らが診療に支払った代金」

そして向いの郡守を見据え
「罪人の男を取り調べれば、恐らくより確実な証拠が出るかと。
迂達赤大護軍を騙るような何か。偽の号牌か、それに近き物」
卓に並べられていく証拠の品々に、郡守はそれ以上の反論の声もなく黙り込む。
あの女を一足先に走らせて正解だった。
郡守がこの調子では先に証拠を抑えられたら、揉み消されていたかも知れん。

まさか己の陣営側の者に出すとは思わなかった。
肚裡で苦々しく思いながら、俺は最後の駄目押しの一物を懐から引き摺り出した。
指先で揺れる白と紫の絹房、その号牌を最後の証拠として卓上へ置き
「罪人を開京へ。これが王様の御意志です」

その勅許の号牌を直視する事すら畏れるよう、郡守は項を垂れた。
己とこの方の身許を明かす為にお預かりした勅許の号牌は、結局王命を発布する為に使われた。
正しい使い方とはいえどうにも腑に落ちず、心中密かに舌を打つ。

民や官軍がああして一目で俺を見抜くなら、そもそもがして号牌をお預かりする意味はなかったのではないか。
今後何が起きようとも、この重い号牌をお預かりする事だけは辞退する。
固く心に決め、俺は目前で項垂れる郡守の返答を待った。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    だめねぇ
    偽物大護軍と偽物医仙まで
    つくりあげて 悪いことしてたのね
    郡守め ヾ(*`Д´*)ノ
    どうせなら もっと 美男、美女で(笑)
    バレないと 思っても
    お天道様は 見てるのです!

  • いつも楽しく読んでます?
    勘違いだったら申し訳ないのですが、恩(?)蘭の「対面」と「真偽」の間が抜けているようです。

  • 対面と真偽のもう1つのお話が(TT)何度読み返しても出てこないです(TT)けっこう好きなお話…違う話しに潜り込んでるかな…!Σ( ̄□ ̄;)

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