2016 再開祭 | 桃李成蹊・11

 

 

図星なのだろう。女だけが背を伸ばしたまま俺を見上げ、懸命に言い募る。
「失礼なのは判ってるんです。スタッフがあなたを攫っただけでも。その時もこんな事になるとは思わなかった。
それが目的で攫った訳じゃないんです。でも」
「腕の怪我、そしてミンホの次の役目」

肘を掴まれたまま戸惑うこの方をもう一度椅子へ掛けさせ、己はその脇に立ったままミンホの顔を見る。

「完治まで半年と言ったな」
「ギプスは6週間で外れます。もっと早いかもしれない。でもそんな事関係ない。ヨンさんは無関係だ。
社長、それは間違ってる」

俺の眸を受け頷くと、ミンホは横の女へ言った。
女はその視線に首を振り、俺の顔から目を外さない。
「入隊が迫ってるんです。今回のドラマが最後です。撮影後の活動を終えたらそのまま2年、表舞台には立てません」
「社長!俺のミスだろ。関係ない人を巻き込むなって言ってるんだ!」
「入隊・・・」

目前の口論にこの方が眉を寄せて呟いた。
「今が一番大切な時期ですね、きっと」
「問題は2週間後に海外ロケがある事なんです。アクションシーンが多くて、ギプスをしたまま撮影は出来ません。
撮影延期も無理です。スキャンダル、違約金、お金だけならまだどうにしかします。
ただ本人が状況を説明する機会もろくにないままで、入隊させるなんて出来ない」
「海外ロケ・・・」

この方は絶望的な声で独り呟いた。
「ごめんなさい、この人も無理です」
「いいんです、ウンスさんが謝る事じゃない!姉さん、いや社長、だから俺が」
「そうじゃないんです!そうじゃなくて」

俺の横で小さく叫び、この方が首を振る。
「この人パスポートがないんです。事情があって獲れないんです。だから海外には行けないんです」
「パスポートが・・・」

何故か向かいの女の目が光る。
「ウンスさん。パスポートだけなら・・・」
「え?」
「ミンホのパスポートで」
「それは犯罪です!!」

慌てたようにこの方が声を張り上げる。
「もしもばれたら、撮影延期どころの話じゃなくなりますよ?!それこそもう、除隊後の復帰なんて無理です」
「判ってます。管理局がそう甘くない事も・・・」

女人二人は互いに言葉を詰まらせ息を吐く。
暫しの深い沈黙が、大きな居間を支配する。
そして堪えきれずに沈黙を破ったのは、俺のこの方の声だった。
「ミンホさん」
「はい、ウンスさん」
「私はあなたの主治医じゃない。だから断言はしません。当たり障りのない一般論として聞いてくれるって、約束してくれますか?」
「判りました。そうします」
「あのね、病気も外傷も。治りを遅くするのって何だと思います?」

突然筋違いの問いを投げつけられたミンホは首を傾げ、黙った挙句
「・・・運動不足?栄養の偏り?飲酒喫煙?診察に通わないとか・・・」
「うーん、それももちろん。素晴らしい模範的な患者さんですね。みんながそう考えてくれたら、医者は楽なんだけど」

笑って頷くと、この方は白い顔の横に指を一本立てた。
「すっごく簡単で効果的な治療方法が1つあります!当てて?」
「簡単で、効果的ですか?」
「笑うの。ストレス溜めずに笑う、溜まったストレスは吐き出すの。
怒鳴ろうが泣こうが、良いんですよ。言いたい事言って。だって人間なんだから」
「それは・・・一番難しいですね、ユ・ウンス先生」

この方の得意の持論にミンホが肩を竦めて、困ったように笑う。
「少なくとも俺には、すごく難しそうだな」
「そうでしょ?ミンホさんの立場だとそれが一番難しいと思います。何故って、私のこの人もそうだから。
いっつも重たい荷物をしょって、倒れないように踏ん張ってる。たくさんの人を。責任を。命まで。
だから支えたいって思うんです。私にも半分分けてって思う。私と一緒の時は笑ってって思う。
ミンホさんの大切な人たちも思ってます。直接そう言えても、言えなくても」
「大切な人たちが、ですか」
「そう。あなたのご家族。あなたのスタッフ。世界中にいるファン。あなたを愛する人。あなたの愛する人。全員です」

そしてこの方は卓向いのミンホと女人を順々に見つめて、穏やかに微笑んで言った。

「社長さん。詳しいお話を、聞いてもいいですか」

 

*****

 

「ウンスオンニ!!」

アンナさんが大声で叫ぶとあちこちコードが絡まる撮影所の床を駆けて来て、何故か私じゃなくこの人に力一杯抱きついた。

「もう!心配したんだからー!大丈夫だったの?急にあんな電話が掛かって来てから、ずーっと心配してた!」
この人も私たちがあんなにすぐ再会できたのはアンナさんのおかげって分かってるのね。
抱きつかれて、顔をそむけて、自分の肩に乗っかったアンナさんの頭を大きな手でグイグイ押すくらいでどうにかガマンしてる。

私はあわててアンナさんのきれいなレモン色のシルクのシャツの裾を引っ張って、この人から引き離す。
「本当にありがとう。アンナさんが電話に出てくれて助かった。感謝してます」
頭を下げると、アンナさんはにっこり笑って清々しく言い切った。
「イイのよー、困った時はお互い様でしょ?愛するヨン君のためならあたし何でもするわ。この身も心も捧げる覚悟よ!」

・・・どこまで冗談か、分かんないわ。
あやふやに頷きながらアンナさんを見て、でももう一度頭を下げる。
「本当にありがとうございました。でね、申し訳ないけど今日は、お礼のつもりで最後に撮影に参加したいの。
明日から、もう来られなくなるから」
「・・・あっちの事務所に、何か言われたの?」

アンナさんは声を低くして私の顔をじっと見た。
「似過ぎって?顔出すなとか?脅迫?それとも買収?」
「残念でした、ぜーんぶハズレ」

立つ鳥跡を濁さずって言うもの。あの人たちの悪い噂は残せない。
私たちはいずれ帰る。私たちの居場所、涙が出るくらい懐かしいみんなが待っててくれるあの場所に。
そしてミンホさんたちはここにいる。ここで誰より輝いて。
少しのブランクもその間、誰も忘れないくらい良い仕事を残して。

理由は分からない、でも言うでしょ。
Everything happen for reason 起きる事には全てに理由がある。
同じ顔の2人が重すぎるものを背負ってるなら、私は何が出来る?

そのためには一歩ずつよね。まずは今日のこの人の撮影をしっかりこなして。

「あのね、実は田舎に帰る事になったの」
「は?田舎?」
「うん。私の田舎。親も年だし、私も江南じゃなくてそっちで医者に復職しようかなーって思って。
この人も一緒に来るって言ってくれたから」
「・・・イムジャ」

事前に話はつけたはず。それでも嘘は納得出来ないのね。
この人が奥歯を噛み締めて、唸るような声を絞り出す。
「やめてよオンニ!ヨン君を田舎に埋もれさせるなんて、それは大韓民国の宝を腐らせるのと同じよ!犯罪だわ!!」

悲鳴のような声でアンナさんが身を捩ると、レモン色のシャツの裾をたくましくも繊細な手でぎゅっと握り締める。
「うーん。ごめんね。でも決めたの、話して決めた」
「オーマイガッ!!!って、こういう時にこそふさわしい言葉よね。もう考え直せない?その余地ナシ?」

アンナさんの声にきっぱり笑って首を振る。
考えないわ。立ち止まらない。考えて立ち止まって、挑戦する前にウジウジするなんて私らしくない。
だったら走ってって転んで痛い目を見る方が良いもの。

「アンナさんには、本当に最初から最後まで力になってもらった。
この人を町で見つけてくれたのも、声を掛けてくれたのも、仕事を紹介してくれたのも、今回も。だから」
「こんな良い男が目の前にいて、素通りしたら女じゃないわよ。淋しくなるわね。ほんとに、淋しくなる」
「私も淋しくなる。アンナさんに会えなくなったら」
「やーよ、泣かせないで。メイク崩れちゃう!じゃあ今日は御餞別に最高に素敵な背中の男に仕立ててあげる。
楽しみにしてて!ささささ、ヨンくん、メイク入りましょ」
「・・・ああ」

アンナさんの勢いに頷くと、この人が珍しく顔をしかめないで一緒に並んで歩き出す。
「やっぱりイヤ!離れたくないわ、ヨンくーん!!」
本当にどこまで本気で、どこまで冗談なんだか分からない。最後まで。
腕にしがみつくレモン色のアンナさんのシャツの袖を本気でイヤそうに振り払いながら、この人がほんの少しだけ笑う。

その2人を後ろから見ながら、私はメイクルームに向かって歩き始めた。

 

 

 

 

4 件のコメント

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    アンナ…(笑)想像しちゃう~‼
    もしかして‼ヨンとウンス海外ロケですか?
    高句麗、いえソウルから出れる?
    ハワイロケ~ウンスのビキニに怒り狂うヨン~
    またかってに妄想してしまいました( 〃▽〃)

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    さらんさん❤
    イ・ミンホというひとりの男性
    そして韓流スターのイ・ミンホ
    背負うものが大きすぎるミノの
    心を代弁してくださってるような
    、さらんさんのお話。
    とっても心に響きます(^^)/
    で、ウンスさん?
    詳しい話を聞かせてって…
    代役を引き受けるんですかぁ?

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    実物の イ ミンホとオーバーラップして、頭の中がぐるぐるしています。
    今のドラマの撮影が終わったら、入隊・・・・・。
    入隊前の僅かな時間に、来日?
    笑って、「行ってらっしゃい。待ってるから。」なんて言えない。言えないヨン。(≧∇≦)(≧∇≦)

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    そっくりな顔の人が
    困っていたら
    益々 何もしないでは 居られない
    いろいろ問題クリアできたら
    お手伝いするのでしょう?
    まずは 雲隠れ…
    なんだか ドキドキしちゃうわ

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