2016 再開祭 | 紫羅欄花・玖

 

 

「・・・待っていて下さったのでは無いのですか」

典医寺にいらしたのは、迎えを待ってくれているのだと思っていた。
役目が一段落すれば、すぐに戻って来いと言えるのだと思っていた。

それでもあなたは何処までも優しい瞳で、残酷な言葉を告げる。

「そんな中途半端な気持なら、指輪を外したりしなかったわ。
あんな風に置いて来たりしなかった。あなたが大変な時だって知ってるのに。
あれを見てどれだけ驚くかだって分かってた。それでもああしたのは、自分を守るためよ」
「イムジャ」
「あなたのせいじゃない。私のせいでもない。ただお互いに大事な時、言葉が足りなかった。
あなたの事を愛してる。だけどそれだけじゃダメだった。
私は必要とされたいの。女としても妻としても、パートナーとしても必要とされたい。
困った時には頼りたいし、頼られたい。私たちお互いにそれが出来なかった。
だからここまで来ちゃった。それは分かってくれる?」

もう止めろとその口を塞ぎたい。
聴きたくないとこの耳を塞ぎたい。
先刻男の咽喉に突き付けた鬼剣の切先より余程尖った声の刃が、今は容赦無くこの咽喉元に突き付けられる。

「全て終わればと、思っていた」
「・・・そうでしょうね」
「元より先に、奇一族の謀叛の証を立てる必要があった」
「そうだったのね」
「知れば余計な心配を掛けると」
「よく分かってる。今そうやって説明されれば分かるわ。でも私は、悩んでる時に聞きたかった。
教えて欲しかった。一言でいいから、私の手紙に返事が欲しかったの。
元気だよって、それだけでいいから聞きたかったの。後でまとめて説明するんじゃなくて」

あなたは俺に向き直り、諦めたように力無く笑ってそう言った。
いつものように心に任せて怒るでもなく、声を荒げるでもなく。
まるで嵐が過ぎた後、風も浪も収まった海のような、静かに清々しく晴れ渡る空のような静けさで。

俺の心だけが波立っている。
今になって取り返しのつかぬ事が起きたと初めて知って、心の臓が痛い程に打っている。

「女人として見ています」
「そうね」
「無論妻としても」

「そうだと思う。それも分かってる。だからなおさら理解出来ない。私だったら大切な人は放っておけない。
忙しい時でも、秘密にしなきゃいけない時でも、叔母様やマンボ姐さんやタウンさんに、あなたと一緒にいてなんて頼まないわ。
大切な人だから、私が自分で 一緒にいたいって思う。隠しごとなんてしたくない。嘘もつきたくないもの」
「嘘など吐いていない」

話す程に上滑る。込めるべき大切な心が抜け落ちた、言の葉の残骸だけが積み上がる。

伝えるべき時を間違えた。判ってくれると甘えていた。
己が疲れ果てているから、この方には疲れて欲しくなかった。
よく寝てよく食べ、後は笑ってさえ居て下されば良い。
それだけ望んでいた。他は知る事など無い。俺が全て背負うと。

どう伝えて良いか判らない。
何故ならこの方の返す言葉が正しいと、俺が一番知っているから。
この方は淋しかった。俺が淋しくさせた。
危険の迫らぬように護りたいと思うあまりに、蚊帳の外に置いた。

共に火の粉を掻い潜るのではなく、その火の粉が飛ばぬ処に一人で置き去りにした。

「典医寺にいたのは、帰るからじゃない。これ以上あなたに余計な心配をかけたくなかったから。
居場所が分かれば、少しは安心してもらえると思ったの。
皇宮の中にいるって分かれば、あなたも安心して仕事が出来ると思ったの。
私の警備に人手を割かずに済めば、あなたがその分仕事に集中できるって」

恐ろしい程冷静に、この方が声を続ける。
おっしゃるとおりだ。
この方が金の輪を残して宅を出て典医寺にいると判って以来、全ての歯車はうまく噛み合った。

現に奇一族を捕え、国境隊の鍛錬の目途もつき、王様へのご報告も済んだのだから。
この方の読みが正しかった。俺だけが、この方の心を読み損ねた。

「俺達の誓いは」
「そうね。全部が変わっちゃったわね」
「誓いを反故にする程、耐え難かったのか」
「何が?」

俺の声の何処が気に障ったか。この方の声に小さな棘が混じる。

「1人にされた事?教えてもらえなかった事?無視された事?
逆に聞きたいわ。あなたはそれで良いと思ってたの?
大切だって言いながら全部秘密にして、それで良いと思ってた?」
「そういう訳では!」
「でも結局そうしたじゃない。後でなら何だって言えるわ。
そうね、あなたは確かに私に嘘はつかなかった。でも本当の事も言わなかった。
それは、嘘をつかれるより淋しいわ。
まるで嘘をつく労力まで惜しまれてるみたいな気になるわ」

交わらない。何処まで話しても交わらない道を互いに歩いている。
歩み寄る事も出来ない二本の真直ぐな道の間に、超えられない山が、渡れない河がある。

絶望的な気分で、俺は大きな息を吐いた。

 

 

 

 

10 件のコメント

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    さらんさん、こんばんは!
    どこまでも平行線…
    そしてヨンもウンスが正論を言ってくるから何も言い返せないよね。
    良かれと思ってしたことがウンスを傷付けていたなんて、ヨンとしてはそんな風に思ってもみなかった事だったでしょうし。
    でも気づくの遅いしさ~ ウンスを悲しませちゃダメよ~
    ウンスとしては、打ち明けてもくれない、そばで支えてあげられないなら、いても意味がないって感じだろうし…
    冷静な態度で淡々と話され「嘘をつく労力まで惜しまれてる…」とまで言われて
    ウンスの言葉はヨンに突き刺さっている事でしょう….
    思いっきり気持ちがすれ違ってる!
    ヨン!どーするの!!

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    あぁ…辛いなぁ…
    ウンスが言ってることは
    尤も何だけど・・・
    ヨンが可哀想になってきました(–;)
    二人には、離れていた時の
    お互いを思いやる気持ちを
    思い出して欲しいなぁ~(^^)

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    静かに 落ち着いて
    言われちゃうと 
    よけいに チクチク刺さるわね…
    ウンスの 小さい拳でも
    あとから ボディーブローが…
    ヨン もう…
    まだまだ ウンスをわかっていないわね
    何とかしなさい 何とか… 

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    ウンス、貴方の話すこと、全て正しい…
    ヨンを想って待っていた、ずっと待っていた…
    ヨンの一言を…
    ヨンにとっては、精一杯、ウンス貴方を守っているつもりだったのね。
    男だから、任務が大事…と、ウンスの気持ちを考えてあげられなかった。
    ウンスが告げる言葉…
    高麗の武神、鬼神であるヨンを、心の底から切り捨てた…。今、ずたずたに…。
    でも、ウンスも傷ついている。
    このところ、毎日、毎日辛いです。
    二人のそれぞれの想いが分かるから。
    YouTubeで、韓国のあるドラマのost「夜想曲」の流れる中、「信義・シンイ」の動画がありました。そのドラマは観たことがありません。
    ただ、この切ない時、曲は「シンイ」ではないのに、何だかとても合っていて、ヨンとウンスを観ながら聞いていると、
    涙…涙…になります
    二人の「愛の絆」が戻る日を待ちます

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    どうしてもう少し早く話せなかったのか
    覆水盆に返らず もう手立てはないのかしら
    ウンスの頑固さは ヨンが一番知っている
    言い出したら 引かない
    ひゃぁ~どうなる どうなる?
    見守るしかもうできないのかしら…

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    胸が痛い、、。ヨンの気持ちもウンスの気持ちもわかります。でも、やっぱりウンスの気持ちが良くわかるかな。事後報告って淋しいことありますよね。あんなにお互いを想っているのにこんなにすれ違うなんて、、。

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    うう…さらんさん…(>_<)。
    理路整然と訴えかけるウンスの言葉が
    全くその通りなので
    このお話のヨンと同様に仕事人間の私も
    一言も反論できません…くすん。
    (´д`lll)
    わかってるんだよ~
    わかっていたんだよ~
    でも、できなかったんだよ~ん
    。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
    大事な局面ではありますが
    頭の良いヨンのことですから
    二度と同じ轍は踏まないはず。
    だから、今回は許してやっちゃあ
    くれませんかね? 
    …と、私ごときが頭を下げても
    鼻で笑われそうですね(^_^;)
    それにしても…
    イイ男が、大きなため息をつき
    うなだれている場面♥
    それはそれで見ごたえがあります。
    恋愛とは、愚かな自分と向き合うことですから
    いつもは沈着冷静なヨンにも
    ジタバタしてもらいましょう♥
    ふふふ( *´艸`)。

  • SECRET: 0
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    グサグサと、ウンスに刺されているヨン様(>.<)
    ウンスの、気持ちがわかるだけに^-^;
    なんとも言えず、これからの展開を見守ります(^^)
    それでも、頑張れヨン\(^^)/

  • SECRET: 0
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    いいんでない。(⌒‐⌒)
    今まで、顔も見る事も出来なかった…。
    話しする事も出来なかった…。(;>_<;)
    けんか…何て、夢のまた夢
    だから、いっぱい一杯して下さい。(⌒‐⌒)
    様子を伺う…。(・。・)
    又聞きの関係何て…要らないでしょう。( ̄O ̄)
    一杯言ったら。後、お互い二人しかいないから。(⌒‐⌒)ね…。

  • SECRET: 0
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    さらんさま、暑中お見舞い申し上げます
    なのに、心冷えの毎日です(泣)
    いいね!ポチが、ずっと、こんなに恨めしいなんて...
    ヨンはウンスさんの為なら険しい山にも登るし
    深い河に橋だって架けてみせるでしょう
    でも、じつは見えない心の中に
    交わる事のない、まっすぐな2本の道ですか?
    そこに留まり、小菊のタネを播いて育み、広がり
    2本の道が繋がって、ひとつになりますように。。。

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