2016 再開祭 | 閨秀・伍

 

 

「兵舎の上階は、清掃以外は暫し一切立ち入り禁止だ」

深まる秋と共に、朝の訪れは日一日と遅くなる。
王様の歩哨から入れ替わったばかりの甲乙の組頭、これから歩哨に立つ丙丁の組頭。
四人を早々に呼び出して、未だ薄昏い吹抜の中で低く告げる。

「各組、戻ったら全員に伝えろ。聞き逃したでは済まされん。例え俺が済ませても、恐らく隊長が済まさんぞ」
「はい」
各組頭は充分判ったという顔で、言葉少なに頷く。

「今後医・・・新入りは三人一組で動く事になる。歩哨の合間の奴らで組分けをする。決まり次第それぞれ伝える」
「はい」
「断事官も徳興君も奇轍も居る以上、隊長が御留守にする事も多い。
その分気を引き締めて必ず医仙を・・・いや、新入りを守れ。良いな」
「はい!」
「医仙に万一毛筋程でも傷がついてみろ。隊長が許しても俺が許さんからな、判ったな」
「はい!」

俺達の隊長が、ご自分の命より大切にする医仙。
その方を傷つけるとは、即ち隊長を傷つけるという事になる。
俺達の隊長が、迂達赤として受け入れた医仙。
迂達赤である以上、仲間の俺達が命を懸けて守るのは当然だ。

俺達は何より隊長が大切だ。
その隊長が誰より大切にする医仙を、大切にしないわけがない。
ただ問題は。

考え過ぎと判っているのに、また考える。
俺達が医仙を大切にする理由を隊長が判って下さるかどうかだ。

この気持ちは、隊長が医仙に懸ける想いとは全く違う。
俺達は隊長が大切だからこそ、医仙を大切に守りたいと思う。
隊長が受け入れた新入りだからこそ、仲間として守りたいと思う。

そこに男としての気持ちはない。
あの風変わりな天の女人を相手に出来るなど、高麗広しといえ隊長しかいらっしゃらんのだから。
それを当の隊長が判って下さるのかどうか。
変な勘繰りなど受けようものなら、この早朝の内密の根回しも全て水の泡になる。

「・・・とにかく・・・」
急に肩と声を落とした俺に、四組頭が首を傾げる。
そうだ、お前らは考えんで良い。あの人の肚を読むのは俺だけで良い。
こんな風に空回るのは、俺一人だけで十分だ。

「医仙には近付くな。絶対に必要以上に近付くなと、必ず各組の奴らに伝えろ」
「・・・はあ」

組頭たちはその声に不思議そうに頷いた。
近付かずに守れ。これ程難しい注文もない。それでも言わねばならん。
医仙に近付き過ぎても傷をつけても、隊長が怒るのは目に見えている。

我ながら無理な事を言っている。それでも医仙も兵の奴らも守らねばならん。
医仙を守るのに熱が籠り過ぎた挙句、隊長に殴られては兵も医仙も報われん。

「近付かずに、ですか」
「距離を取って守る・・・」
「難題ですね、副隊長」
「出来る奴を組ませんと」
「それでもだ。近付き過ぎるな」

俺の声に、四人の組頭がそれぞれに笑う。
「そんなに心配しないで下さいよ、副隊長」
「隊長を大切にしてるのは、副隊長だけじゃないですよ」
「隊長の大切な方なんですから」
「そんな方を俺達が守るのは当然でしょう」
「お前ら・・・」

どうやら考えているのは俺だけではないらしい。長い夜の間、全員が考えたのだろう。
隊長を守る事。医仙を守る事。あのお二人を守るため、自分には何が出来るのか。

「いや、しかし楽しみですね」
「隊長が狼狽えるなど滅多にない」
「こんな絶好の機会、逃がしませんよ」
「迂達赤の名に懸けても医仙、いえ、新入りとくっついてもらわんと」
「・・・そんな事ではないだろう!」

こいつらの考えることは、所詮その程度か。
どいつも隊長が幸せになれるよう、要らぬ世話を焼く気でいるらしい。
あの人が聞けば怒るだろう。きっとそうに違いない。
こんな早朝から何を馬鹿な事を言っとるかと。そんな暇があれば鍛錬するか体を休めろと。

「・・・何だ、お前ら」

その時聞こえた声に弾かれるよう、全員が背後の階の上を見上げる。
何故今日に限ってこれほど早起きなのだ、この人は。
階の上から俺達を見下ろす影の姿形は、間違えようもない。

「お早うございます、隊長」
俺が頭を下げると、各組頭がそれに続く。
「お早うございます、隊長!」
「お早うございます!」
「随分早いですね」
「眠れましたか、隊長」

一目隊長の顔を見ただけで判る。一晩中起きていたのだろう。
こいつらもそれは重々判っている筈だ。
組頭達の声にうんざりしたように、目許に薄い隈を拵えた隊長は無言のまま、階上で踵を返した。

 

 

 

 

2 件のコメント

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    迂達赤総出で
    テジャンと医仙を守ろうと…
    嬉しいことですよ
    テジャンが嬉しそう、しあわせなら
    迂達赤うれしい!
    テジャンが喜ぶこと…
    医仙が嬉しそうにしてる事!
    それならば~ 頑張らなくっちゃね ( ´艸`)

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    いつも楽しく読ませて頂いています。
    ウダルチがかわいすぎて思わずコメントさせて頂きました。守るけど、距離を持って。難しそうですね。皆、ファイト!

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