2016 再開祭 | 貴音 ~ 留守居・肆

 

 

吐き出された飯に男達の目が止まる。
「お」
「おい、どうした」
「熱いんじゃないのか」
「そんなら泣くだろ。不味いのか」

ヒドが腰を上げ、左右のシウルとチホが顔を覗き込み、師叔が慌てたように椀の中身を確かめる。
「・・・いや」

全ての声に首を振り立ち上がる。
今一度厨ヘ踏み込み、拵えておいたクッパの鍋の残りを新たな椀へ盛り付る。
卓へ戻り、吾子の目前に椀を据える。

師叔の擂った粥の椀。俺の拵えたクッパの椀。
吾子は並んだ椀を見比べた後、迷いなく小さな手を俺の椀へ突込んだ。

手掴みのクッパを握った手ごと口の中へ入れ、美味そうに噛むと大きく笑んで
「まいそ」
そう言うとクッパで汚れた小さな手で、その頬を押さえる。

「まいそ」
ヒドが首を傾げたまま吾子の言葉を繰り返す。
「マシッソ」
粥で汚れた顎と頬を濡れた布で拭いつつ吾子の声を訳す俺に
「・・・味が判っておるか。賢いな」
満足げに頷くこいつも全く伯父馬鹿だ。

「当然だ。味も歯触りも全て判ってる。
あの方が言うには今はもう、歯で潰せる硬さのものを一番美味く感じるらしい」
伝えようとしたのに師叔は思い込んで勝手に擂り潰した。
だから吐き出される羽目になる。

しかし本人は全く気に病むこともなく、目尻を下げてクッパを喰う吾子を見守っている。
「そうかそうか、硬いもんが好きか。よく噛んでたっぷり喰えよ」
・・・作って目の前で吐き出された本人が構わぬなら良いが。

今一度杓文字を握らせると、手掴みが余程気に入ったか。
その杓文字は見向きもされずに卓の上へと放り出される。
卓の上も頬も顎も手も、クッパでみるみるうちに汚れる。

これでは拭っていてもきりがない。
飯が終われば早めに湯浴みをして着替えさせようと、そのまま嬉し気に喰う姿を見詰める。
喰っているその顔が、今は留守の俺のあの方にそっくりだ。
吐きもしないところを見れば、先刻頭を打ったのも問題は無いか。

何が入っているか、どんな手触りか、知るのもきっと楽しかろう。
掴めるならば熱くはなく、不味ければ食わぬ。
手掴みで飯が喰えるうちは喰えば良い。
そのうち恥ずかしさが勝ち、手掴みで喰いたくとも喰えぬ時が来る。

目の前で手掴みでクッパを喰う吾子が、そのべたついた小さな拳を俺の方へと差し出す。
「くれるか」
「まいそ」

成程、味は良いらしい。
俺にも喰えと差し出された拳に口を開けると、一飲み出来そうな小さな拳を口の中へ突込まれる。
「マシソヨ」
「まいそ、お」

拳の隙間からの声に満足そうに笑うとそれを引き抜き、そのままの掌でこの頬を撫でてくれる。
そして吾子は空いた手で握ったクッパを、己の小さな口へ運んだ。

 

*****

 

「俺、湯を汲んで来る」
シウルがじりじり後退ると、くるりと背を向け東屋を駆け出た。

「じゃあ、俺は布を」
チホは困ったように鼻に皺を寄せ、慌てたようにその後へ続く。

「俺はここを片付ける」
師叔はそう言うと席を立ち、吾子が散らかした卓を拭き始めた。

「俺は何も出来んぞ」
ヒドは俺と視線を合わせぬよう明後日の方を向いて肩を竦める。

「心配するな」

さすがに一人娘の襁褓替えを他の者に頼むほど無責任ではない。
「部屋へ連れて行く。師叔」
「おう」
「離れを借りるぞ」
「ああ、好きなだけ使え。湯と布は持ってかせるから」
「頼んだ」

クッパですっかり汚れた吾子を片腕に抱き、もう片手で顔の飯粒を摘まむ。
「まいそお」
「美味かったか」
「あぱ」

すっかり気に入ったか、幾度も繰り返す声に頷き離れへ歩く。
吾子は落ちぬよう確りと腕を首へ絡めている。
その力強くなった腕にふざけ半分で、抱える腕を緩めてみる。
腕の力だけで首にぶら下がり、吾子が驚いたよう目を丸くする。

「強い子だな」

すぐにその体を腕で抱え直し、落ち着いたところで再び支え腕を離す。
もう一度ぶら下がった格好で、吾子が楽しそうに笑う。

落ちぬように腕を用意して、ゆっくり肩を揺らす。
吾子は首から確りぶら下がり、一緒に体をゆらゆらと揺らす。
「上手い」
「あぱ」
「何だ」
「あぱ」

首からぶら下がっていた吾子が、両足で器用にこの胸にしがみ付く。
まるで樹の幹にしがみ付くように両手両足で巻き付くと、安堵したようにその目が笑う。
「怖かったか」

もう一度次は両腕で吾子を抱えて揺すり上げ、その背をゆっくり叩く。
「さて、湯浴みと襁褓替えだ」

今日の最難関。
襁褓はともかく、湯浴みは昼の温かいうちにしておくに越した事は無かろう。
夕餉でまた汚れれば、その時は暖かい布で拭けば良い。

肚を据えると吾子を抱き、背を宥めつつ二人きりの離れへ上がる。

出来る。俺には出来る。

俺がせねば吾子は明日まで、クッパの汁に汚れたままになる。
尻に汚れた襁褓を巻いて、あの方の帰りを待たせるなど出来ん。

幾度もして来た事だ。
この世に生まれ落ちた吾子の産声を初めて聞いた貴い日から。

出来る。俺には出来る。

 

 

 

 

6 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    むふふふふ
    ( *^艸^*) ヨンが
    オムツがえね。
    そりゃ みんな 逃げちゃうわね…
    女の子だから って こともあるけど
    開けて びっくり!
    (´゚艸゚)∴ブッ
    頑張れ ヨン かわいい吾子だものね
    あぱ~!

  • SECRET: 0
    PASS:
    いやぁ…ぽりぽり(´▽`;)ゞ
    こりわぁ…ウンスさんよくぞ!
    踏ん切りを付けて…旦那様にお任せにやりました。(^。^;)
    お父さんの自信になるんですよねぇ~っ(⌒‐⌒)
    これすると
    『俺は出来る。』って♪
    準備したのおかぁさん…
    ひとおつ…一つ教えたの奥様よ…ねぇ!
    でもって…最後は誉めて欲しい…お父さん?
    いや!もう一人のデッカイ子供だったりして…( ̄▽ ̄;)
    日常の1日ですね~(^ .^)y-~~~

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらん様
    貴音はどのお話も大好きですが、今日のは特にたまりません~!(≧▽≦)
    あのヨンが、娘の手掴みのクッパを食べ、その手で頬をなでられてる姿。
    そしてクッパまみれになってる娘を首にぶら下げながら歩く姿。
    信じられないようなシーンであるにもかかわらず、私の脳内ではしっかり再生されています(笑)
    子守りも男前です~(≧▽≦)
    幸せそうな顔が目に浮かびます。
    ヨンだけじゃなくて、師叔もチホもシウルも、そしてヒドヒョンでさえも。
    このあとの入浴&襁褓替えのお話も楽しみにしています!

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です