2016 再開祭 | 桃李成蹊・6

 

 

白というのは便利な色だ。
如何な色を其処へ置こうと、その色に眸が向くようになる。

物なら物に、人なら人に、視線が集中するよう出来ている。

しゃちょうしつ、と言われて連れて来られた部屋の扉を開けた。
眸に飛び込んだのは普通に見れば何という事のない藍錆の上衣。

しかし壁も棚も床も白一面の部屋、白い卓前の白い長椅子に腰掛けていれば、厭でも其処へ吸い寄せられる。
「・・・・・・嘘だろう」

先刻の男を先導に部屋内へこの方と俺が踏み入ると、藍錆の上衣の壮年の男は立ち上がるのも忘れたように呟いた。
呟きの中、先刻の男は俺とこの方を長椅子前まで先導し、藍錆上衣の男に頭を下げた。
「さっきお話したモデルのヨンさんです、社長」
「・・・どうぞ、座って」

卓向いを掌で示す男に促され、まずこの方が、続いて己がそれぞれ椅子に腰掛ける。
先導の男は立ったまま、俺の横で藍錆の男と向き合った。

どうにも腑に落ちぬ顔で、俺だけをじっと見つめる男。
目付きが鋭い。何も見逃さぬよう、まるで舐めるよう、卓向こうで長い間、俺の顔だけを。

首を傾げ、視線の角度を変え、眺め続けた後。
諦めたように首を振り、男は俺で無く先導の男へぼそりと呟く。
「これじゃダメだ。リトル・ミンホってレベルじゃない。本物だよ」
「社長・・・」

先導の男は初めて狼狽したよう、鋭い眼付きの男へ声を掛ける。
「血縁も無い。全くの他人の空似ですよ。話題性で言えば」
「話題性で言えば。確かにすごい話題だろうね。これだけ似てれば、一時的には。でもその後は?」
「社長」
「そんなリスク冒せないよ。モデルでしょ?ジャンルも丸かぶりなんだから。
唯一無二だから意味がある。同じジャンルに同じ顔2人は必要ない。下手すれば揉めるよ、向こうさんと」

言葉の断片から内容は判る。
俺と瓜二つの、先刻この方が言おうとした皆の知るその男が既にいるから、俺は必要無いと。
「歌は?」
「聴いていません」
「ダンス」
「見ていません」

藍錆の男の矢継ぎ早の問いに、先の若い男が首を振る。
「そこでずば抜けてればそのまま。チーム作る。ダメなら中止だね。確認して」

一方的な声の後、卓向いの男はもう一度俺をゆっくりと見た。
「7年前。会ったでしょう?」
この男はどうやら一方的な物言いが癖らしい。
「いや」

七年前に何だという。その頃俺はこの方とすら出逢う前で、無為に最後の日を数えていた頃だ。
「Cass、ダラ、そこまで言っても、何か思い出さない?」
「何の事か」

俺を必要とせぬ場所に長居するほど暇ではない。
餉を喰い逸れ腹を空かせた大切なこの方がいる。
首を振り長椅子から立ち上がる俺を座ったままで見上げ、その男は心から残念そうに頷いた。
「・・・本当に、別人なんだね」

先刻からまるで闇を手探りするようだ。
周囲の者らだけが意味の判る声を視線を浴びせられ、騒動の渦中に居る俺は全く何も判らず。

兎に角これ以上此処にいる必要は無い。
そう判じこの方が腰を上げるのを待つ。
この方は呆気に取られたよう立った俺の顔を見上げ、続いて跳ねるように椅子から立ち上がる。
「うちはダメかもしれないけど」

俺達が立ち上がったのを見計らい、藍錆の男も腰を上げる。
卓越しに此方を眺めた後で、男の大きな手が差し出される。
無視する俺を見兼ねたか、この方がその手を握り返すと
「必ず成功する。ヨン君、君はただ者じゃないから。ただ、芸能畑かどうかは判らない。
何かあったらこいつに連絡を下さい。キョジュン、名刺渡してるな?」
「はい」
最初の先導の男は頷くと、改めて俺とこの方に頭を下げた。

「御足労を掛けて申し訳ありません。良ければ日を改めて、もう一度来て頂けませんか。ダンスと歌を」
その声に困ったように、この方が中途半端な笑みを浮かべる。
「本人に聞いてみますけど・・・正直、期待できないと思います」
「僕は諦めきれません」

先導の男は真直ぐにもう一度俺を見た。
「また連絡します。考えて下さい。今日はこのままお送りします」
そう言って入って来た時のよう、部屋の扉を開け其処に立つ。
開かれた扉を、この方の後に続いてくぐる。

其処から続く回廊を歩き始めた俺の耳に、重い扉の閉まる音が届く。

何故かそれがあの藍錆の男の溜息のように聞こえ、最後に一度だけ肩越しに扉を確かめる。

 

*****

 

「なんか、一気に疲れた・・・」
降りた馬車が走り出した途端、この方は道端にへたり込みそうな声で呟いた。

住処の前を避けて馬車を降りたのは、まだ賑やかな町の中。
楽し気に笑い合う人の行き交う道、この方と二人向き合う。
「ご判食べたいな。ヨンアもお腹空いたでしょ」
「・・・はい」

歩き出したこの方の横、見上げた空に夏の終わりの月。

さすがに疲れて息を吐く。
己の意思など一切聞き入れぬ周囲の身勝手な声。
擦れ違う者から悉く無遠慮に向けられるすまほの光。
黄色い声をあげ不必要なほど近く駆け寄る女人たち。

帰りたい。
少なくとも己が選び、己で決めた道を進める高麗に。
この方と共に帰りたい。
天界がどれほど珍しくとも便利でも、此処は俺の居場所ではない。

しかし最後には逃げられる俺とは違う、俺と瓜二つというその男。
偽者がこれ程に騒がれるなら、当人の周囲はどれ程に騒がしいか。

それでも見知らぬそ奴は逃げるわけにはいかん。
この天界が居場所で、そして此処で生きていかねばならぬなら。

俺には耐えられん。そ奴でなくて幸運だ。
考えただけで息苦しさに眩暈を覚え、見上げる月は揺れている。

 

 


 

 

2 件のコメント

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    あらら
    (•́ε•̀;ก)
    瓜二つの 存在…
    そして、 お約束の
    歌と、ダンス (´゚艸゚)∴ブッ
    どうしましょ
    やっぱり ヨンには
    現代は住みにくい 場所なのね。
    へんに なれちゃって
    帰りたくなーい! な ヨンも
    微妙ね ハハハ。

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    社長さん流石ですね!
    二匹目のドジョウは要らないと、
    冷静に判断しましたね(^^)
    “最後には逃げられる俺とは違う、・・
    当人の周囲はどれ程に騒がしいか"
    心が疲れた時の、ミノの心の声を聞いてるようでせつないですね(^^;

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