2016 再開祭 ｜ 紙婚式・拾柒

「あのね」
床に置いた文の折り目をなぞりつつ、小さな声が雨雫のよう降って来る。

「これね」
「･･･はい」

先刻までの饒舌さが嘘のようだ。何をこんなに躊躇っているのか。
声の続きを待つ俺の前、あなたの視線が文と俺の眸を行き交った。

「すごく下手なの」
「は？」
「自信もないし」
「自信」
「最初は、あなたが使える手紙用の紙にしようと思ったの」
一向に要領を得ぬ声に首を傾げると、あなたは困った顔で唇を噛む。

「でも、それじゃあ手紙を出したら終わりでしょ？ヨンアには何も残らないじゃない」
「･･･ええ」
文とは得てしてそうしたものだろう。
書いて先方に渡す。先方から書かれたものを受け取る。
未だこの方の話の要点が掴めず、曖昧な声で頷き返す。

「それじゃ淋しいから、何か残したかったのよ。下手でも」
「はい」
「だからね、今年のプレ･･･贈り物は、手紙を書いた」

意を決したようにあなたは文を床から取り上げ、此方へ向けて差し出した。
それを両手で頂こうとすると、何故かこの指の届く寸前で文はこの方の方へ引き戻される。
空振りした指先、そしてこの方の握リ締める文。
此度は俺の視線が文と鳶色の瞳の間を行き交う。

「約束して」
「何を」
「下手でも絶対笑わないで」
「はい」
「意味が通じなくても、誤字があっても。だいたい外国語習得は恥をかいて覚えるってとこあるし。でしょ？」
「･･･は」
「こっちの話。だから約束してくれたら」
「致します」

即答した俺に安堵の笑みを浮かべ、この方はようやく握り締めた文を俺へと差し出す。
そして何故かその手もそして足も、今まで覗いていた小さな顔まで毛織物の中に引込める。
これでは蓑虫ではなく蝸牛だ。
顔を見ながら文を読みたいと願いつつ、待ちきれずに頂いた文を開く。

書き慣れぬ漢文の、何処かぎこちない手蹟。
まるでこの方のよう賑やかに跳ね回り、読み手を笑顔にさせる。
けれどその文面はこの心を握り締め、息を詰まらせた。

想要一直在一起　今生今世　来生来世　我发誓　永远爱你

共に居たい。今世の終いまで。永遠に愛する。来世でも必ず。

異榻同夢だ。生きて来た世も生きる道も此処まで違いながら。
互いに相手に求めるものは、そして叶えたい夢は変わらない。
去年の今日、和尚様の前で唱えた度肝を抜く誓詞通りだった。
来世も、その来世も、次の来世も。

俺達の道は決まっているから、決して迷う事も背く事もない。
ただ走れば良い。心の命ずるまま。その先にある笑顔に向けて。
ただ待てば良い。離れた時は。必ず戻って来るこの方の帰りを。

走られれば転びそうで怖い。それなら俺が走る方が良い。
待たせる事は耐えられぬ。それなら俺が待った方が良い。
疑う事など微塵もない。螺旋の中、俺達は必ず巡り逢う。
一本の糸を両端で握り、手繰ればその先にあなたがいる。

これから俺達はどれ程の暦を共に埋めて行けるのだろう。
その足跡は必ず二つ並んでいるから、懼れるものはない。

これから俺達の運命の糸は何巾の布を織り上げるだろう。
それで互いを温め合えるから、二度と寒さには凍えない。

蓑の中に隠れてしまった恥ずかしがりのこの方を引き摺り出し、この腕の中で温めたい。
巻いてしまった事を悔いながら毛織物の塊を力任せに胸へ引き寄せ、思い切り強く抱き竦める。
塊の中押し潰されるような声が上がろうと、力加減が判らずに。

やがて小さな拳がこの胸を叩き、毛織物の間から観念した顔が覗く。
紅い唇が困ったように笑み、その激しさに戸惑いながら、今宵の夜空の星の数ほど繰り返す口づけを受けてくれるまで。

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