2016 再開祭 | 嘉禎・34

 

 

「失礼」
COEXのホテルのフロントで、レセプショニストの男が顔を上げる。

春の日がそろそろ傾く午後遅く。
ホテルのフロントには、西からたっぷりと陽射しが降り注ぐ。

「はい」
「クレジットカードの履歴を、確認して頂きたいのですが」

目の前の二人連れの男のうち、一人がフロント越しに尋ねる。
客の個人情報を明かせるはずもない。顔をしかめたレセプショニストは調べるまでもなく、首を振ろうとした。

その瞬間フロント越しに、男達がそれぞれの身分証明書を差し出す。
「江南警察署の者です。昨日、行方不明で捜索願いが出ている方がCOEX内でクレジットカードとATMカードを利用したと、届がありました。
不正利用の可能性もあります。ご本人なら帰宅の意思があるのか、保護が必要かどうか、確認の義務があります」

警察官はカウンター越しに手を伸ばし、カード情報の印刷された書面をレセプショニストへ差し出した。
「確認の為、館内の各店舗を確認しています。防犯カメラも現在確認中ですが」

抜け目ない視線が、フロントデスクの影に隠した防犯カメラの位置を的確に捉える。
「何しろCOEX内の防犯カメラの録画を確認するには、膨大な時間が。
こちらでは、ユ・ウンスさんのカードの利用記録はありませんか」
「・・・ユ・ウンス様ですね」

警察の身分証明書を出されれば、調べないわけにもいかない。
レセプショニストは昨日から施設内で利用されたクレジットカードの全ての履歴を、手許のパソコン画面ではじき出した。
該当名の履歴がない事を確認し、その警察官に向かって首を振る。

「現在まで、その御名義のクレジットカード利用はございませんが」
「念のため、宿泊名簿を拝見できませんか」

警察官の問い掛けを、レセプショニストは慇懃に首を振って拒否する。
「当ホテルはお客様に無断で情報を外部に公開する事は出来ません。お客様はそれぞれ御事情をお持ちです」
「誘拐事件の被害者を、救出できるとしてもですか」

しつこく食い下がる警察官に、レセプショニストは客商売の習性で穏やかに笑い返す。
「少なくとも当ホテルで、無理矢理拘束されるような状態でチェックインされるお客様はいらっしゃいません。
万一そんな状況なら、こちらから警備室なり警察なりにご連絡しております」
「それはそうですが、犯人に脅されている可能性もある」
「だとしても宿泊名簿の公開は、私の一存では判断できません。まずは上司に相談いたします」

レセプショニストの型通りの返答など、計算のうちだったのだろう。
男達は小さく目配せを交わしあうと
「では、我々も正式に書類を揃えて出直します。その際にはぜひ捜査にご協力を」
そう頭を下げ、静かにフロント前から立ち去った。

ホテルに勤め続けていれば、こうした問題にも慣れてくる。
犯罪者ではなく行方不明者リストに載っているだけでは、警察も宿泊リストの開示の強要は出来ないのだ。
警察官への返答は嘘ではない。上司に相談せず自己判断は出来ない。

レセプショニストは、自分と交代に夜勤のシフトに入ろうとしていたクラークの女性に声をかける。
「昨日チェックインされた、このお客様は」
宿泊者リストに載っていたユ・ウンスの名前を指す。
カードを使用してのディポジットではない。ただ単に、偶然同じ名前なのだろうか。

レセプショニストの問い掛けに、女性クラークが眉を顰める。
「どうした」
「・・・いえ。私が承ったお客様です。どうしたんです?」
「何か不審な点は」
「いいえ、全く」

腹が立つほどいい男と一緒だった。蹴り飛ばしたいほど仲良さそうに。
だからこれ程覚えている。女性は心の中で吐き捨てた。

そんな心中など知らず、レセプショニストの男が溜息をつく。
「明日までのご予定だな」
「はい。延泊もあるかもとおっしゃっていましたが」
「・・・そうか」

あの警察官たちは恐らく書類を揃え、明日の朝にはまた来るだろう。
お客様が延泊されて、万一鉢合わせになれば問題だ。
レセプショニストの溜息に、女性クラークは首を捻った。

「何があったんですか」
「同室のお客様がいらっしゃるな」
「はい。男性のお客様と、お二人でチェックインされました」
女性クラークの記憶力に満足したように、レセプショニストは頷いた。
「お客様の御様子をそこまで覚えているとは、仕事熱心だ」

話さないわけにはいかないだろう。
何も知らず、明日自分の不在時に警察官が再訪すれば、なおさらトラブルが大きくなる。
「実はな」

重い口をようやく開いたレセプショニストを、女性クラークがじっと見つめた。

 

 

 

 

6 件のコメント

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    クレジットカードとATM ・・
    ウンスも心配してましたよね(-.-)
    とにかく早く早く高麗に戻ってください――!
    さらんさん❤
    ハラハラ ドキドキです(^o^;)

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    やはり、このような事態になるのですね。カードを使えば、警察が動くこともあり得ます。
    とっても心配。あの事件があった1年後あたりなので、まだ、記憶に新しいですね。
    ヨンとウンスは、心から愛しあっている夫婦です。どうか、この難局を逃れることができますように。

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    ネット社会はトンデモナイと、おなかの中で嫉妬炸裂のウンスさんですが、やっぱりそれだけでは、済まないようですね(汗)
    さすがに警察官の聞き込みはまずいですよ...
    フロントのお姉さんどうするんでしょう?
    さらんさま♪
    まさかのヨン、二度目の正面突破♪ドキドキです!

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    ウンスは用心して最初しかカードを使って無いけど,それでも履歴が残るからバレちゃいましたね(^_^;)
    無理やり攫われた様に見えないと思いますが,
    なぜ実家に連絡しないのか疑問に思われますよね。駆け落ちじゃないんだし。
    ウンスはソウルにいても,連絡はしなくて良いと言ってましたが,もし今回上手く逃れても,この件は両親の耳に入るかもしれないし,近くまで戻っていたのに,連絡が無い事に心を痛めるかもしれない・・・(>_<)
    う~ん,何らかの方法で連絡出来れば良いのかもしれないけど,時間も無いしどうなるのか・・・
    続きがとっても気になります!

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    さらんさん、おはヨンございます❤️
    ついに警察来ましたか…やはりカード使った履歴から近いCOEXのホテルに聞き込みに来たんですかね。
    さぁ、どうする。
    韓方医院に調理院 サプリも手に入れたし
    ウンスは天界へ来た目的は終わったのかな。
    もっとゆっくり天界を満喫出来たら良かったけどそうも行かないみたい…
    いろんな人に携帯向けられて後つけられてそっちも大変だろうけど、警察はもっと大変だわ…
    ハラハラ、ドキドキ。

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