2016再開祭 | Advent Calendar・5

 

 

「時間はバラバラでした。私自身怖くて、ホテルに移動した後はほとんど外出していません。これ・・・」
膝に乗せたバッグから彼女はスマホを取り出すと、カレンダーアプリを俺に見せた。

スマホのカレンダーには★印、そして時刻と思わしき4桁数字。
確かに週に3、多い時は4つの★が付いている。曜日はまちまち。
時刻と思わしき数字も0921 1348 1957などバラバラだ。どちらにも特に規則性は見当たらない。

頷いた俺に、彼女は続いてスマホの中の動画ファイルを開いた。
無音声の動画。慌てて撮影したのか映像自体が暗い。

スコープの枠越し、スーツ姿の男性2人が立っている。
恐らくホテルの部屋のチャイムを押したのだろう、そのうち1人の半身が画像の中で大きくなる。
スコープに顔が近づき、人相が判りやすくなる。

年齢30代後半。中肉中背。特に鍛えている体形ではない。
眼鏡着用。その印象のせいで他のイメージは残りにくい平凡な顔。
世間の持つ公務員のイメージの最大公約数のような顔だちの男だ。
「ホテルに移ったそもそもの理由が、当時一人暮らしだった家に何度も誰かが来たからなんです」
「時系列で追わせて下さい」

俺もスマホを取り出すと、まず開く。カレンダーで遡り、2014年4月16日。
「朝8時52分に、乗客から携帯電話で最初の通報があったのは既に周知の事実です」

他の二人を見回して呟くと、それぞれが無言で頷き返す。
「クォン・ユジさんは、当日どこに」
「青瓦台秘書官室に」
「仕事を辞めたのは」
「契約満了で、2014年4月22日に」

6日後。カレンダーに印をつける。契約満了。
「引き留めや、契約更新の話は」
「・・・ありました。かなり強引で怖くて、契約満了を理由に無理に辞めました」
「当時は一人暮らしの部屋にお住まいだった」
「はい」
「初めての来訪は?」
「直後です。5月にはなっていませんでした。ただ事故に結びついてるとは判らなかったので・・・
そこまでのメモは取っていません」

それはそうだろうと頷く俺と先輩を前に、クォン・ユジは顔を強張らせたままだ。
「定期的な来訪に気付いたのは、いつ頃ですか」
「実は実家に連絡があった時です。娘さんと連絡が取りたいと」
「ご家族は無事ですか」
「はい。両親には何も話していませんし、事件以降実家にも一度も行っていません」
「賢明な判断です」

逆探知、盗聴、張り込み。
無論クォン・ユジの知る情報の重大さによるが、実家まで連絡するくらいなら。
「その後ご実家には」
「3回ほど、7月くらいまで連絡があったようですが、その後はないみたいです」

2014年7月 実家へのコンタクト終了。
「その頃には、あなたの部屋へ定期的な不審な訪問はあった?」
「はい。実家の母からの連絡で連絡の事を聞かされてから、私も意識して確認するようになったので」

彼女は自分のスマホのカレンダーを遡り、2014年7月からの★印と数字を示す。
「実は最初の頃は、秘書官室の上司が来ていました。
今の状況で仕事を知っている人の方がやりやすいから、戻って来てくれないかって。
私も知っている方だったので、5月の頃は何の疑いもなくドアを開けて何度か話しています。
単純に復職や再契約の話だとばかり思っていて・・・お断りするのに」
「知らない相手に変わったのは」
「実家への連絡がなくなった、7月後半からです」
「その時から、ずっとこの動画の男性2人組ですか?」
「いえ。その時によって違いました」
「判りました」

クォン・ユジのカレンダーの日付、そして時刻の数字。
俺は胸ポケットから出した手帳にそれらを素早く書き写していく。アナログだが一番確実だ。
「クォン・ユジさん。不便でしょうが念の為、今後そのスマホには電源を入れないで下さい。
必要な連絡先は、今のうちにメモに取っておいた方が良い」
「あ、は、はい」

クォン・ユジは俺の手元の手帳を一目見て、その意味を理解したのか。
急いでアドレス帳の連絡先をいくつかメモに写すと、すぐに電源を切る。
「先輩」
電源の落ちた彼女のスマホを確認した後、横の先輩に声を掛ける。

「うちでもスマホの電源は入れてない」
「良かった」
「まあ、ここまで詳しく聞いてもあげられなかったからな」
「先輩と知り合ったのは」
「10日くらい前です」
「11月の終わり」
「はい」
「その間の2年4か月はどこに」

何て事だと、飲み込んでいたつもりの溜息がつい漏れる。
クォン・ユジは見た目よりも精神が強靭なのかもしれない。
さもなければ2年以上、不審な来訪者に怯えながら、居場所を転々と出来る訳もない。

「最初は単なる偶然だと思っていたし・・・別に悪い事もしていないので一人暮らしのままでした。
次の仕事をも見つけましたし」
「その部屋を引き払った直接の理由は」
「2014年の年末に仕事が終わって部屋に帰って来たら、朝と様子が違っていたんです。
ドラマで見るような空き巣が入った後の荒らされ方ではないですし、どこが違うってうまく言う事も出来ないけど・・・」

それは怖いだろう。女性の一人暮らしでそんな目に遭えば、間違いなく部屋を引き払う筈だ。
「警察は」
「呼びましたけど、実際の被害は何もないので・・・部屋も荒らされていないって伝えたら、何かあったらその時に呼んで下さいって」
俺が言うのも何だがと、つい横の先輩に咎めるような視線を送る。
先輩も判ってると言いたげな苦々しい表情で頷くと
「まあ、現場はそんなもんだな。注意はしておくが」
と、俺にとも彼女にともなく頭を下げた。

「それでも実家には帰らなかったんですか」
「はい」
クォン・ユジはしっかり頷くと
「実家に帰ればもっと騒ぎが大きくなると思ったんです。私は賃貸だから、引っ越せば良いだけの話です。
両親の家は簡単に引っ越したりもできないし。同じ理由で友人の家にも行けなくて」
「ええ」

ここまで追い詰められた状況での冷静な判断力に内心舌を巻きながら、俺は言葉少なに頷いた。
「帰って来た敷金があったので、それと貯金を足してホテルに移りました。
高いところは無理でしたけど、コシテルみたいな。最初のうち、数か月は良いんです。でもしばらくするとまた」
「来訪者が」
「・・・はい」
「判りました」

一般人女性がただ運悪く、歴史の汚点の発生現場に居合わせただけの理由で。
平凡な暮らしを奪われ、家を追われ、真冬に落ち着ける場所もなく途方に暮れる。
それはまずいだろう。例え相手は国家権力とはいえ、一応この国は法治国家だ。
証拠としては弱いが、こうして来訪者を録画した画像と来訪日時のメモもある。

ラテがテーブルで湯気を立てている間に、人生ってやつは変わって行くものだ。
俺はクォン・ユジに、そして先輩に頷くと立ち上がった。

少なくともこの状態で、最も安全な場所。最もトラブルから遠く、年末年始を過ごせる場所。
最も盗聴の可能性が低く、最も荒らされにくく、最も安心して話を聞ける場所は一箇所だけ。

そして今、俺は確かに疑い始めている。勿論目の前の二人ではない。 そうではなく持ち物。
彼女の家に侵入者があったと聞いてからは尚更だ。
盗聴器、GPS、何をどこに仕掛けられていても不思議はない。
但しGPSなら居場所を掴むのに数か月もかからないだろう。ほんの数十秒で結果は判る。
そして本気ならクォン・ユジを拉致し、直截的な行動に出るだろう。時間は充分あった。
2年以上そこまでの行動を起こさないなら期待は持てる。

彼女が一般人として、再び社会復帰する道が残っている期待。
そして逆に不安もまだ完全に払拭されてはいない。
今は彼女が誰にも接触せず、誰にも話していないから泳がせているという不安。
「行きましょう」

返事を待たずに脱いで椅子に掛けていた、雪で重く湿るジャケットを羽織る。
しっかりと前のジップを上げる俺に、先輩と彼女も慌ててそれぞれの上着を羽織った。

 

 

 

 

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