2016 再開祭 | 嘉禎・23

 

 

馬車を下りたこの方をもう一度抱き上げ、宿屋の扉を抜ける。
指先にあの酒処の女人に譲り受けた赤い袋を下げたまま。

初めて踏み入った夕刻のざわめきが嘘のように静まり返った、人の気配もまばらな広間。
腕にこの方を抱き、眩い柔らかな灯の下を真直ぐに抜ける。

「お帰りなさいませ」
先刻この方と卓越しに対面した女人の声が掛かる。
甲高い声から逃れるよう、足早にその前を過ぎる。
馬鹿げた声でこの方が目覚めれば、どう責を負う。

「ん・・・」

広間の端の隠し扉の前に立つと、胸の中で眠たげな瞳が開く。
細い腕が一本ゆるりと首から解け、壁の何処かをその指が探る。
開いた扉に踏み入るとこの方はどうにか扉横の壁に触れ、すぐにまた腕の中で丸くなる。
呑み過ぎたか。それとも久々の天界にはしゃぎ過ぎたか。
こうしてしがみ付いていて下さるなら、この方の深酒も悪くない。

初めてこの隠し・・・えれべえた、に入った時より、周囲の様子がよく見える。
動き出す床にも驚く事無く、扉の開いた後の道程も迷う事無く。

回廊を折れ真直ぐに突き当りへ辿り着く。
剥き出しだった細い足を覆い隠す上衣の胸袋を指先で探る。
其処から薄い板を抜き出し扉の溝へ挿し込む。
扉に小さく緑の灯が点るのを確かめて抜き、鉄の把手を下げて押す。

部屋内へ踏み込むと、頭上の灯が燈るのを確かめて進む。
そして白い寝台の上、腕の中のこの方を静かに降ろす。

其処へ収まるこの方を確かめ、指先に下げた赤い袋を寝台の枕元の小卓に置き息を吐く。
この方の無事と、妙な達成感の双方に。

抱き上げて手が塞がって以来、気になっていた目許の長い髪。
この方の目許へ落ちかかる亜麻色のそれを、指先で払い除ける。

結うてみるのはどうだろう。
思い立って長い前髪を指先で束ね、白い額から頭頂へ上げる。
いや、垂らしたままの方が。
指を離すと柔らかいその髪の束は、さらりと寝台上に広がる。

そうだ、天界のものは何もかも柔らかい。
床も寝台も枕も食い物も、そしてこの髪も。
髪を弄ぶ俺の指に眠りを妨げられたか。
静かに息をしていたこの方が、寝台の白い敷布の上で瞳を開ける。
「ヨンア」
「・・・はい」

充分に酔いの廻った甘い声で呼ばれ、その寝台の端へ腰を下ろす。
あなたは腕を伸ばし、それをこの腰に巻きつけてねだる。
「とんとんして」
「・・・は?」
「とんとんして」
「とんとん、とは」

答は頂けん。次にこの腕を掴んで揺らしながらこの方は言い募る
「枕、私の枕がなぁいー」
・・・どうやらまだ酔っている。
酒でここまで乱れる姿など、未だかつて見た事はない。

細い足で寝台を蹴り駄々を捏ねる小さな体に添い、寝台に横たわる。
腕を枕に抱き込んで髪を撫でると、ようやくその瞳が閉じられる。
餅のようにぺたりとこの胸に隙間無く寄り添って、紅い唇が倖せそうに緩んでいる。

何もかもが柔らかく温かい。この体も唇も。
起こしたくは無い。しかしその天界の鎧では。
「イムジャ」
「・・・うぅん」
「夜着に着替えを」
「ああ、うん・・・」
「何処にありますか」
「ローブが・・・バスローブが、どこかに・・・」

ばすろーぶ。その声に部屋内を見渡す。
確かめておらんのは黒い絵の下の抽斗、そしてその横の壁の扉内。
一旦解こうとした腕の枕にしがみ付き、あなたが胸の中で首を振る。
「やだ」
「イムジャ」
「行かないでよぉ」
「・・・すぐ戻ります」

腕を抜きながらあなたの首の下へ、柔らかい枕を差し入れる。
そして静かに寝台を立ち、先ず抽斗を引いて確かめる。
上、中、下。夜着になりそうな衣は疎か、中には何も見当たらん。

そのまま横の扉を開く。渡した天張棒にかかる白い二着の長衣。
その長衣を腕に、寝台へ取って返す。
「イムジャ」
「うーん」
「着替えて下さい」

その長衣を差し出すとあなたは何を思うたか。
横たわったままで突然身に着けていた鎧の肩を下ろした。
「・・・イムジャ!」

半ばまで剥き出しになった白い肩ごと、小さな体を頼りなく薄い上掛けで包む。
俺の眸の前で、これ程無防備に。
かといってこの方が起き上がり、一人あの湯屋で着替えるのも心配だ。
これ程酔ってあの中で着替え、倒れでもすれば。

体を包んだ上掛けの下に、先刻見つけた長衣を突っ込む。
「着替えを、此処に」
「わかったー」
判ったと言いながら、長衣を羽織る気配はまるでない。
そして包んだ上掛けの裾、寝台の端。
先刻まで確かにこの方の纏っていた天界の鎧が、軽い音と共に床へ落ちる。

仕方なく落ちた鎧を拾い上げ、先程の天張棒へと掛ける。
「イムジャ」
振り返った視線の先。また眠り込んだか、声は戻らない。
上掛けの下の稜線が、部屋の橙の灯に浮かぶ。
その影だけで判る。この方の首から下、全て覆った上掛けの中。

細い両の肩から腕。縊れた腰。其処から描かれるなだらかな山。
緩く曲げた片膝。伸ばされたままのもう片足。小さな爪先まで。
今宵の寝屋の光は揺れぬ。揺れぬから全てが見える。
その薄く白い上掛けに浮かんだ、仄かな影の濃淡で。

強く頭を振りその場を後に、俺は湯屋へと飛び込んだ。

 

 

 

 

7 件のコメント

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    さらんさん、おはヨンございます❤️
    ヨンはさすが覚えがいい!
    一度要領を得た事は全て実践できる素晴らしさ!
    順応してるわ❤️
    お酒に酔って色っぽいウンスメロメロ~
    でも脱いだワンピースはハンガーに掛ける几帳面さ*(\´∀`\)*:
    そして脱いだままの布団から浮き出るウンスの体の線にヨンたらノックアウト( ´艸`)
    湯屋で頭を冷やすのかい?

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    お姫様抱っこ❤
    さぞや、フロントのお姉さん。
    ビックリなさった事でしょうね(爆)
    すっかり、天界仕様に慣れた様子のヨン!
    さすがに頭が良いですね(^^)
    さらんさん❤
    二人の❤は何処まで行くのですかぁ?
    もう―朝から楽しくて幸せです(*^^*)

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    さすがの観察力で
    もう えれべえた も いた の扱いも
    バッチリですね うふふ
    さて 問題は 酔っ払いさん
    いい気分でしょうね さぞかし
    困ってますよ 愛しの旦那様は…
    どうしたものか~
    朝まで 湯屋に居るのかしら? ( ´艸`)
    ウンス怒るわよ~ (//・_・//)
    戻りたいけど 戻れないわね ぷぷぷ

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    すごいわヨン!
    一度で 天界の馬車も えれべえたも
    乗り方マスターして 部屋まで
    戻ってくるなんて…さすがの観察力
    でもお姫さまの寝姿には
    本能が疼くわよね\(//∇//)\

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