2016 再開祭 | 嘉禎・38

 

 

「お客様、お待ちください!!」
「お客様!!」

大通りの風の中、男達の叫びが切れ切れに耳へ届く。
この眸の前には流れる光の川。此処で止まるわけにはいかん。
横のこの方を無言で抱き上げ、そのままの勢いで川を突切る。
まさか突切るとは思っていなかったのだろう。
追って来た男達の足が、川の手前で惑って鈍る。

朝もそうだ。そして今も。彼方此方で厭な音を立て、馬車が急停車する。
止まらない。ただ走り抜ける。少しでも離れねばならん。

渡り終えてこの方を下ろし大門から境内へ飛び込めば、周囲に親わしい暗闇が迫る。
木立が作る暗闇がこれ程嬉しいとは思わなかった。
高麗では闇が敵の気配を消す事が、あれ程厭わしかったものを。

その暗闇を選んで駆ける。背に負った荷が大きく揺れる。
目と鼻の先、あの白石の弥勒菩薩が見えてくる。
「お客様!!」

背後から距離を詰める叫び声。強く手を牽くこの方の切れた息。
乱れた髪、明らかに遅くなった足取り。

止むを得ん。
「イムジャ!」

それだけ叫ぶと、握る鬼剣を衣の腰に鞘ごと差し込む。
空いた両手で走るこの方を強引に掬い上げ、肩上に担ぐ。
王命だ。何があろうとこの方を連れ、共に戻る。

追手は兵ではない。もう判っている。
出鱈目な足音も、挟撃や先回りの追撃態勢を取らぬ事も。
此処まで追っておきながら腰に差す棍を抜かぬ事からも。

敵でないなら斬るつもりなど無い。雷功を放つつもりも無い。
天界で流血など、俺のこの方が最も忌む事だ。
ただ放って置いてくれれば良い。
目と鼻の先、あの天門をくぐって俺達が高麗へ帰るまで。

この方を肩に担いだまま最後の暗闇から飛び出て、菩薩の台座の懐かしい蒼白い光へ真直ぐ駈ける。
「お客様、止まって下さい!」

台座の石段下でこの方を肩から降ろす。
背で庇うと振り向きざま腰の鞘から鬼剣を抜き去り、その声へ向けて構える。
振るうつもりは無い。この方を傷つけぬ限りは。
ただ行かせて欲しいだけだ。

剣を抜くとまでは思っていなかったか。
迫っていた二人の追手は其処で地に張り付いたように竦み、足を止めた。

抜いた刃が天門の光を受け、薄闇の中で白銀に輝く。

その光に怯える目を見れば判る。これ以上追えぬ事も。
ただ怖いのは、窮鼠が猫を咬む事だけだ。
扱い慣れぬ者が腰にある棍を振り回し、万一にもこの方に当たれば、殺す。

鬼剣に男達が怯んだのを見逃さず踵を返し、小さな手を牽き最後の石段を一気に駆け上がる。
慌てた追手の指先がこの背に負った荷を掠めて触れる。
同時にこの方を強く引き寄せ、迷う事なく光と風の渦へ飛び込む。

 

そして勢いよく吐き出された昏闇の中。

温かい体を抱いて転がった土は草の香に満ち、夜露に濡れている。
その湿りを帯びた土の上、腕の中のこの方を両掌で確かめる。
「イムジャ」

胸に確かに感じる重さ、そしてその柔らかさ。
「・・・ヨンア」
漸く返る切れ切れの声。
この方さえ居ればそれで良い。それだけ知って息を吐く。

土の上に立ちあがり、腕を貸して起こしたこの方を確かめる。
天門の放つ蒼い光が、白い頬を照らし出す。
その頬を両掌で包み、鳶色の瞳を覗き込む。
こうして確かめる限り、乱れ髪以外に傷は無さそうだ。

「大丈夫ですか」
「うん、何ともない」
たかが二晩天界に居たお蔭で、この眸すらも鈍ったか。
周囲に眸を走らせる。天門の光の届くその外には何も見えん。
追手の気配は既に消え、俺達の後から天門を出る姿も無い。

高麗に戻れたのだとすれば、石垣の角を曲がれば兵舎がある筈。
それが無ければ・・・その時は、その時だ。
此処で二人向かい合い、立ち尽くして居ても仕方がない。
「歩けますか」
「うん」

あなたが頷いた途端、石垣から聞き慣れた声が飛ぶ。
「て、て大護軍!医仙!!」

此方へ向かって駆けてくる懐かしい声に、俺達は同時に石垣向こうの闇へ振り向いた。

 

 

 

 

12 件のコメント

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    なんとも あわただしく
    高麗に無事帰還!
    よかった 迷うことなく
    帰れたね~。
    やっぱり シンプルに 
    私欲じゃなく 強く願えばかなうのね~
    大荷物は無事かしら?

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    はぁ~追っ手にどきどきしました~( ̄▽ ̄;)
    ヨンに守られて二人とも無事に帰れたんですね!?色んな意味で女にも男にも追いかけ回され…お疲れ様でした。天界の旅も終わりですか!?
    二人は天界の洋服のままでしょうか??( ; ゜▽゜)?

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    二人で無事に戻れたんですね!
    良かった――(*^^*)
    それにしてもヨン!
    肩にウンス。手に鬼剣。
    背中に荷物。凄いです(*_*)
    高麗武士ヨンを見せつけられました❤
    さぁ~次は犯人探しですね。
    やっぱりト・・・君かなぁ~(笑)

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    手をにぎりしめて読みました。
    私が追いかけられているような、緊迫した気分でした。
    ヨンがウンスを肩に担ぎ・・、あの、ドラマの最初のシーンが浮かび、心臓がバクバクしました。天界で、とうとう抜いた鬼剣。鞘から抜いて光る刃。
    間に合うの・・?
    天穴に・・飛び込めた・・?
    高麗に戻れたの?
    どこだか分からないけれど、ヨンとウンスが一緒なのは確か。それなら何処でもいい。良かった!
    握りしめた手のひらを開きました。
    「大護軍!医仙!!」 の声が・・
    時間差は分からないけれど、二人を知る人がいる場所。それは 高麗。
    泣いちゃいましたよ。良かった!

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    二人を知る人がいるという事は,高麗に戻れたって事ですね^^
    追いかけて来たのがホテルの人だけで良かった。
    もし刑事さんならヨンが剣を抜いたら,大変な事になったかも。
    買ったモノも全部持って帰れたかな~
    続きを楽しみにしています♪

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    二人一緒に帰れたみたいですね。
    もうドキドキしました~~
    予想外にヨンが有名人になってウンスをハラハラさせたけど、たまにはいいですよね~~~(*^.^*)
    目的も果たせたし、一時の天界デートもできたし、車にもひかれずに、とにかく無事で良かったです~( ´∀`)

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    さらんさま、どうなるのか心配いたしました...
    ヨンとウンスが疾走する帰り道!
    鬼剣まで抜いてしまいましたが、無事に天門へ。。。
    お出迎えの声にホッと安心しました、間違いないです♪
    ハラハラどきどきの楽しい(?)天界から無事に帰還ですね
    やっぱり・たすきがけ・の荷物は大丈夫でしょうか?

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    さらんさん、おはヨンございます❤️
    ふぅ~ヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3
    ハラハラしながら呼吸するのも忘れそうになりながらも一気に読みました!
    まさに手に汗握るですw
    こんなハラハラドキドキが書けるさらんさんは本当に凄い!!
    ホテルから追ってるだけじゃなくて奉恩寺にまで先回りしていたとは! SNSの目撃情報から張られてたのね。
    すんでの所で飛び込めて良かった!
    天門抜けた先はみんなが待つ高麗だったみたいだしホッとしましたね❤️

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    帰れなかったらどうしようと、ハラハラしました!
    でも、さすがサランさんのヨンですね~。
    ウンスは両親への手紙とか、残してきたかしら??
    二日間だったけど、高麗でも同じ時間だったのかな?

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