2016再開祭 | 玉緒・前篇

 

 

「父上なんて立派じゃねえけど。俺を残して死んじまった」
「・・・そうだったのか」
「ああ。腕の立つ人だったんだぜ。病には勝てなかったけどな。そん時にマンボ姐さんが薬やら何やら面倒見てくれてさ。
いつも金に細かいのに、一言も言わずにさ。一人になった俺を、手裏房に連れて来てくれたのも姐さんだし」
「母上は」
「母さんは、父さんより前に死んじまったよ」

シウルの母さんが亡くなったのは、奴がうんと小さい頃だったと聞いてる。
顔も覚えてないんだ、そう言って昔笑ってた。
だけど奴の生い立ちを初めて聞いたトクマンはやけにしんみりした顔で、どう言って良いか判らないように頷いた。

「悪い、思い出させるような話を」
「いや。別に全然構わねえよ」
その言い方、本当にそう思ってるんだろう。
けろりとした顔で言ってトクマンの背中を叩くと、シウルは自分よりかなり高いところにある顔を見た。

「俺みたいに双親とも亡くしてる餓鬼なんて、開京に腐るほどいるしさ。
だけどどっちも病ってより、戦で亡くしてる奴が多いんじゃねえかな。だから尚更、ヨンの旦那が大切なんだ。
あの人がいりゃそんな餓鬼が減りそうだし、天女もいりゃ病で親を亡くす餓鬼も減りそうだろ」
「そうだな。その通りだ」

シウルの明るい声に、ようやくトクマンの顔も少しだけ晴れる。
「でも考えてみりゃそうだよな。結構長い間付き合って来たけど、俺らお互いの事、あんまり知らないから」
「そうだろ。大護軍の用でお前らが皇宮に出入りする時に、顔を合わせる事が多かったから」
「それだけで十分じゃねえか。今さら」

ふんと笑った俺の声はそのまんま流される。やけに意気投合して頷き合う二人は、続いて俺の方を見た。
「じゃあ、チホも御両親のどちらかが手裏房だったのか」
「・・・違ぇよ」

トクマンの声に首を振った俺に、楽しそうなシウルの眼が光る。
「こいつのは傑作だぜ。どうやって手裏房に来たと思う」
「傑作」
「ああ」
シウルは焦らすように、トクマンの顔をじっと見た。
訳が判らないっていう顔を確かめてから、奴は徐に口を開く。

「こいつ、ヨンの旦那の財布を掏ろうとしたんだ」

思い出すように改めて吹き出しながら、シウルが先刻飛び降りた石段の一番下に腰を下ろした。
それに釣られて動いたトクマンも、シウルの隣へ腰を下ろす。
そんな二人の様子を横目で見てから、俺はそっぽを向いた。
何で今更、こんな下らねえ昔話になんだよ。

 

*****

 

「姐さん」
俺が手裏房の門から駆けこむと、マンボ姐さんが振り向いた。
「何だい、騒々しいねえ」
「誰か来たぞ」
「客かい。それなら注文を」
「客じゃなさそうだ」

俺の声に、前掛けを掛けようとしてた姐さんの手が止まった。
「どうしてそんな事が判んのさ」
「だって、師匠と話してる」
「兄者と」
「うん。師匠が、来た人を師兄って」
「シウラ」

姐さんは目を大きく開けて、俺の声を止めるみたいに聞いた。
「お待ち。兄者が何だって」
「来た人を師兄って」

姐さんは握ったままだった前掛けを放っぽり投げると、足音を立てて厨を駆け出て行った。
俺は一人で残されて、俎板の上の蒸し肉を一切れ口に入れてから姐さんの後に続く。

「ムン・チフ様、懐かしい方がいらしたもんだ!」
厨を出た途端、マンボ姐さんがさっきの客の中で一番年嵩の怖い顔をした男に言う声が聞こえて来る。
「おめぇは煩ぇな、無駄口叩く暇があるなら師兄に酒とつまみを持って来い!」
師匠の顔はいつもどおり酔っぱらってるみたいに赤いけど、口調はしっかりしてる。

「うるさいねぇ、久方振りの御挨拶が先だろ!」
怒鳴り返しながら姐さんはおっかない顔をした男の横に立つ俺より幾つか年上そうな若い男と、もう一人、その若い男に腕を掴まれた俺と同い年くらいの男の二人をじっと見た。

 

 

 

 

 

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