音を立て降り落ちる黄金色の枯葉の雨に、秋霖の寂しさはない。
その烈しい音は寧ろ、遠雷と共に冬の到来を告げる山颪に近い。
視界に舞い狂う黄金色の中、遍照と視線を合わせたままで思う。
俺はあの弟とは違う。
家族や仲間を守り、何よりあの女人を護る為に幾通りもの策を巡らせ、相手の肚裡を読み、一手を先んじる頭は持ち合わせぬ
気に喰わねば無視するし、相手が死のうが生きようが関わらぬ。此方に刃を向ければ迷い無く斬る。それだけだ。
それでも眼の前の遍照の透き通るような笑みを見て思う。
今の動揺した肚裡が、この男に伝わるのはまずい。
何しろ此処までの何一つとして、辻褄が合わぬのだ。
二重間者として、少なくとも宮に幽閉された王族の男が拷尋の末、過去の悪行全てを吐くまで。
その男の側近を演じ続ける遍照は、外を出歩ける身分ではない。
もしも所用で外に出たなら、今纏う鎧は一体何だ。
僧である遍照が、何故武官の鎧を纏うているのだ。
そして何故この男と女の唯一の接点である寺に居るのだ。
意味の判らぬ鎧姿で、此処で誰の訪いを待っていたのだ。
何故現れた俺を見て当然という顔で笑みを浮かべるのだ。
不穏な気配を察知したか、黄金色の枯葉の雨の中、仁王立ちのこの背へと女が隠れるように寄る。
降り頻る金の雨の向こう、僧の浮かべた笑みだけが変わらない。
「判らなかったのはヒド殿か、チェ・ヨン殿かという事でした。ヒド殿だったようで安心しました」
笑みを浮かべ囁く僧に、女を背に置いたまま真直ぐに歩み寄る。
「禅問答は性に合わぬ。帰依しておらぬからな」
奴の鼻先まで寄り、端正な顔に嗤いかける。
「邪魔なら斬る、それだけだ」
「理由が判らぬうちに帰してはいけません、ヒド殿。
判った上で関わる者全てを洗い出し、不利益なら関わる全員を斬り殺さねば無駄な禍根が残ります」
のうのうと言い放つと、遍照が頭を下げた。
「それでも拙僧はヒド殿とチェ・ヨン殿を、絶対に裏切りません。だから此処まで参りました。一つずつお話しましょう」
「・・・鎧は」
「ああ、これは」
遍照は纏う臙脂の鎧を見下ろすと、その胸板に指を滑らせた。
「仁徳宮の禁軍の物を拝借致しました。さもないと宮を出られそうもなかったので」
「拝借か。物は言いようだ」
「死んではおられぬでしょう。僧に殺生は禁忌ですから。ただ少し・・・眠って頂きました」
苦笑いを浮かべる僧が鎧の主に何をしたかなど、考えたくはない。
しかし今から鳩を飛ばそうと、その文をあ奴が受け取るのは明日。
それなら今夜中に引き返し、説明に訪れる方が早い。
これ程正体の判らぬ男だとは思っても見なかった。
しかし余裕をかます目の前の僧を引き入れたのは己自身。それならば片を付けるのも己の手で。
そう考え無意識に黒鉄手甲を辿る指先に、僧が苦笑いを浮かべる。
「ヒド殿。まず話を聞いて下さいませんか」
「良かろう。話してもらう。で、鎧を奪い、兵は眠らせた」
「はい」
「何故此処に来た」
「チェ・ヨン殿にお話しましたが、聞いていらっしゃいませんか」
弟との話をこ奴に伝えるつもりも、その義理もない。無視したままでいる俺に
「今日、あなたはご様子がおかしかった。違いますか」
僧は俺を超えてこの背後へと、首を傾げて殊更優し気な声を掛ける。
そして女は一切答えず、顔ごと俺の背後ろへ隠すとこの上衣の裾を硬く握り締めた。
握られたその裾からの衣越し、女の小さな震えまでが伝わって来る。
「昨日まで一言も声を交わした事のない方が、今日私を見て懐から数珠を取り出されましたね」
遍照は俺にも女にも黙殺されている事など意に関さぬように、低く優しい声を続ける。
「平衣の私が僧だとお気付きになったから、数珠を取り出されたのでしょう。ではどなたに伺われたのか。
御二人しかいらっしゃいません。ヒド殿か、チェ・ヨン殿。
けれど何方の方であろうと、この女人を信頼されておられねば、私の素性など決して明かさぬでしょう。
縦しんば素性を明かした私を、斬る事はあっても」
何が可笑しいのか、遍照は本当に愉し気に低く笑う。
「そして数珠を拝見して気付きました。当然です。私がお世話になったお寺の梵天房が付いていたのですから」
・・・成程、知ってみればこれ以上明快な答もない。
そして俺が教えた、確かにこの女に伝えた。あの宮に居るのは僧と王族だと。
つまり俺が首を絞めた訳だ。
あの誰より大切なたった一人の弟と、そして父を殺めただけでは飽き足らず、その娘のこの女の首まで。
本当に面倒だ。この女はともかく、今や目の上の瘤は遍照。
だがヨンにとり使い道がある以上、此処で斬り殺す訳にも行かぬ。
「どれ程言葉を尽くそうと信じてもらえぬかもしれません、しかしヒド殿」
この男の甘言、そしてその低い声。
俺は信じぬ。
しかし事の次第を知らぬ者を信用させるには充分な、深く穏やかな声で、遍照は俺に語り掛ける。
「私は絶対に裏切りません。ヒド殿とチェ・ヨン殿だけは。いや、もっと正確に言えば・・・」
遍照は其処で一旦言葉を切り、その唇を舌先で湿らせる。
何故か惑うよう視線を上げると銀杏の大木の上の黒い空を見上げ、再びその目が下りて来た。

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