2016 再開祭 | 石蕗・結篇 ~ 瑩・銀綏

 

 

眸の前の最後の邪魔な扉。その扉を拳で叩く。

一度、二度、三度。

素直に開く訳が無い。

四度五度六度。

立て続けに叩く大きな音に部屋内で動く気配。

七、八、九度まで叩いて数え最後に鬼剣を握り締め、邪魔な扉を振り上げた足で蹴り破る。

あの方が居る。急がねばならん。部屋の中に見えるのは笛男と手下の毒遣いのみ。
奇轍の姿が見えぬ以上、奴はあの方と共に居る。

此処で再び見失えば奴も本気で逃げる。
そうなれば、次にはいつ追い付けるのか。天門に入られれば終いだ。

踏み込んだ部屋内、大笒を抜いて構えて来た笛男を鬼剣で払う。
弾みで卓の上へと転がった男の隙を見、跳び起き空になったその卓を片手で煽って奴へと放る。

身を躱す男に向け椅子まで叩きつける。
目測を誤ったそれは部屋の飾り棚へと烈しく当たり、勢いで飾りの陶器ごと床へ倒れた。

奴の振る大笒の仕込み剣を躱しつつ、部屋内へと大きく進む。
最後にその剣と鬼剣がぶつかり、十文字にがちりと組みあう。

鼻先で睨み合う奴のその目も、紛う事なき殺気に満ちている。
火女の事か。大切な者の命を嶮難に晒し、喪いかけたのは俺も同じだ。

渾身の力で押してくる奴の剣を逃し、その剣腕を取る。
半身を翻しそのまま背後から寄って来た影に向け、取った腕を真直ぐ伸ばして思い切り突き出す。

笛男の握ったままの仕込み剣で腹を貫かれた手下の最後に呑んだ息。見開く眼。
そして己の剣で仲間を刺した笛男の愕然とした眼差し。

刹那の無音、頽れる手下の体脇、握ったままの剣腕を大きく廻し剣ごと払い落す。

我に返った笛男は空の両腕で脇の卓を抱え、この体を圧そうと突込んで来る。
鬼剣の剣先で卓を圧し返し、その体を壁際に追い詰める。
壁まで押され動けなくなった処で互いを隔てた卓ごと、思い切り奴の胸を刺し貫く。

貫いた卓越しの目が俺を見た。
重い音と共に床へ卓が落ちた。

卓を貫き刺さった胸の剣を抜き、振り向かず部屋内を奥へと進む。

奴の最期の息を其処へ置き去りに。

 

何かが倒れる音、ぶつかる音。そんな音がやっと止む。
あなたにもらった小刀で手を切りつけたキチョルは、部屋から逃げるように飛び出した。

1人で逃げてくれて良かった。
もし連れて行こうとしたら、きっと間違いなく手だけじゃない、私はキチョルを刺していた。
医者だもの、どこを刺せば確実に人間が死ぬかは分かってる。
それでもここであの人とまた離れるくらいなら、迷う事はなかった。

命拾いをしたのは私じゃない。あんたよ、キチョル。

最後の扉が目の前で静かに開く。そこに出て来た懐かしい背中。
たった数日離れただけなのに。
相変わらず気配に敏感なあなたは、私が声を掛ける前にくるりと振り返る。

たった数日だけなのに。
なのにこんなに逢いたかったなんて。
その瞳を見るだけで泣いちゃうほど。
「大丈夫ですか」

あなたがこんなに恋しかったなんて。
その声に返事の一言も返せないほど。
「痛みは」

その声だけですぐ分かる。どんなに心配してくれてたか。
涙でぼやけたあなたに、心配させたくなくて首を振れば。
「では、助かったのですね」

ようやくほんの少しだけ、その目許が安心するから。
「・・・うん」

泣き声で答えたくない。でも嬉しい涙だから許して。
「では、離れなくて良いのですね」
「うん」

あなたのまっすぐな黒い瞳が潤むのは嬉しい涙だって知ってるから。
だから心配しない。許してあげる。泣かないでなんてお願いしない。

思い切り抱き締められて、その腕の中で息をする。
今までの2人の中で一番近付いた、お互いの息と鼓動を感じて。
離れない。もう二度と離れたりしない。あなたと生きていく。これからずっと。

だから許して。今日だけだから。

痛いくらい抱き締めてくれるあなたの肩で、こっそり泣かせて。

 

 

 

 

1 個のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    なんのために 来たかなんて
    聞かなくても
    ウンスの為に、愛しい人のために…
    ウンスが生きてるってことは
    これから ずーっと一緒にいられるって
    ことだもん
    抱きしめる腕にも力がはいる
    ウンスの涙も うれしい涙だもん

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です