2016 再開祭 | 玉散氷刃・玖

 

 

キム侍医が呼び出した薬員は、ウンスの自室で待つチェ・ヨンらの前に所在なさげに立ち尽くす。
「医仙を最後に見たのは」

腕組をし無表情のチェ・ヨンに低く問われ、女薬員は不安気にキム侍医へと視線を移す。
侍医が大丈夫と言うようにその視線に頷くと、薬員はおずおずと口を開いた。

「昨夜の、亥の刻を過ぎた頃でございます」
「何処で」
「オク公卿様の奥方様の枕辺で。ウンス様がその時、子の刻頃にまた様子を見れば良いから、それまではご自分が診ると・・・」
「亥の刻」
「はい」

薬員とチェ・ヨンの応酬に、侍医が息を吐く。自分の判断はどうやら間違っていないようだった。

チェ・ヨン本人には恐らく自覚はないのだろう。
ウンスを心配するあまり、どうにか手掛かりを見付けたいだけだ。
しかし厳しい詰問口調、全戦全勝の武神の誉れ高き迂達赤大護軍に詰め寄られれば、並の男でも震えあがる。
目の前の薬員なら未だしも、心煩の昂じたオク公卿の細君がこの調子で詰問されれば、今頃どうなっていた事か。

そんな侍医の思惑を余所に、チェ・ヨンの低い声は続く。
「様子は」
「いつもと全くお変わりなく・・・ただ」
「唯」

薬員は何か思い出すよう、途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「子の刻近くに私が公卿の奥方様のお部屋を覗いた時、ウンス様がいらっしゃらなかったので。
お部屋でお休みなのか、起きておられるならお茶でも差し上げようと思いました」
「で」
「裏扉の方から近寄ると、扉のすき間から光が漏れておりました。
お声は聞こえませんでしたが、中で人の気配もした気がして」
「・・・気配」
「はい。もしも油灯を点けたままうたた寝でもされていたら危ないと思い、お部屋にお邪魔しました」
「で」
「どなたもいらっしゃいませんでした。お部屋の灯が付いたまま」

子の刻の人の気配。無人の部屋。点けたままの灯。
チェ・ヨンは薬員の声に頷いた。

「すぐ戻って来られるかと、灯はそのままにしていたのですが・・・一晩お待ちしても、結局戻っていらっしゃらず」
「子の刻以降も、治療部屋には出入りしたか」
「はい。奥方様のお部屋に行く為には、必ず治療部屋を通りますので。
ウンス様がお戻りになられなかったので、子の刻から私がお側におりました」
「その時、机上に文は」

狭まって来た包囲の網に、チェ・ヨンが一層声を低くした。
薬員は自分が責められていると勘違いしたのか、慌てて首を振る。

「文には気付きませんでした。奥方様の様子を拝見するだけで」
「そうか」

確かに一口に治療部屋と言っても広い。まして夜では室内の灯も落としているだろう。
用がなくば机の上など確かめないとチェ・ヨンは頷く。
しかし薬員は何か痞えるものがあるのか、そんなチェ・ヨンを見て初めて自ら口を開いた。

「あの、大護軍様・・・ひとつだけ、気になる事が」
「何だ」
「子の刻近くに、ウンス様を探した時・・・部屋には灯があり、外は闇夜だったので、はっきりとは見えなかったのですが・・・」

煮え切らない口調に苛立つ肚裡を押し殺し、チェ・ヨンは先を促すように薬員を見る。
薬員は強い視線に戸惑うように、それでもようやく声を続けた。
「庭先で、何か動いたような・・・」
「動いた」
「部屋の灯の届かないところで、確かな事は言えないのですが」
「あのか・・・医仙か」
「いえ、もっとずっと大きな影です。大きかったので、暗がりでも見えたのかも知れませんが。
お役に立てず、申し訳ありません」
「充分だ」

チェ・ヨンが頷くと女薬員は強張った顔をようやく少し緩ませて、息を継ぐとキム侍医へ向き直る。
「先生、では私は」
「ああ。邪魔をして申し訳ない。どうもありがとう」
「とんでもない事でございます」
「ウンス殿の件は他言無用に。チェ・ヨン殿や迂達赤の皆さんにお任せしよう」
「畏まりました」

侍医の声に幾度も頷くと、最後にチェ・ヨンとテマンにも深々と一礼し、薬員は部屋を出て行った。
チェ・ヨンはようやく腕組を解き、独り言のように呟いた。

「子の刻、人の気配、点いていた灯、大きな影」
「人の気配という事は、侵入者がいたのでしょうか」
「恐らく」

チェ・ヨンはそれだけ言うと、ウンスの部屋の中を再び見回した。
まるで数刻前に忍びこんだ影を探すように。

そして今からでも見付ければ斬り捨ててやると言わぬばかりに、鬼剣の柄をぎりぎりと握り込む。
珍しく鞘にぶつかり小さな剣音を立てた鬼剣を、テマンが驚いた目で見下ろした。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    薬員さん、大変お疲れ様でした。
    百戦錬磨の、イケメンで体の大きなヨン。
    普通なら、ドキッとするほど逞しくて、見惚れますよね。
    しかし…その美丈夫で勇ましい迂達赤のヨンが、
    ウンスを想って苛ついているときは、
    トクマンくんは勿論、チュンソクさんだって、びくついちゃうのよね。
    よく対応できました。女性の薬員さん。
    その情報から、ウンスの囚われている場所まで辿りつけるといいな。

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