2016再開祭 | 胸の蝶・拾弐

 

 

「なあ、ヒドヒョン」
止まぬ雨に退屈そうな顔で弓の弦を張り直しつつ、東屋の椅子の一つに陣取ったシウルが厨の奥を覗き込む。

「俺達が留守の間に何があったのさ」
「何もない」
「じゃあ、あの子は誰だよ」
「・・・預かりものだ」
「ものって、ありゃあ女の子だろ」
「無粋な事言ってんじゃねえよ、お前は餓鬼だな」

チホは槍の柄を両手で弄びながら、シウルに向けて鼻で嗤う。
「ヒョンだって立派な男だぞ。女の一人や二人や三人」
「・・・シウラ」

怒鳴りをくれる前の低い声に、シウルが慌てて口を閉ざす。
その視線の先で腕を組み、眸を閉じたままのヨンが呼んだ。
「ヒド」
そして顔を上げるとようやく瞼を開く。
「話せるか」
尋ねただけで答は待たず、奴は黙って東屋を抜け、雨の中へ出て行った。
俺も無言で腰を上げ、続いて雨中を歩き出す。

離れの棟とは逆方へ進み、東屋に声が届かぬ距離まで離れてから、雨中のヨンの足が止まる。
「何を言った」
「何も。俺が言う必要はなかろう」
「口止めもか」
「した憶えはない」
ヨンは不思議そうに雨の中、厨の方を透かし見た。

「一言も話さんそうだ」
「宮中でか」
「禁軍の衛は口が不自由と思っていた」
「べらべら捲し立てるよりは良かろう」
「此処では話すか」
そう問われて思い返す。あの日から既に半月近く。
確かに手裏房で俺とマンボ以外の者と話すのを見た事がない。

「いや。俺とマンボ以外とは話さぬ」
「道中何か言わなかったか」
「雨の山道で煩かった。歩き慣れておらぬ故、黙って歩け、一言も話すなとは言ったが」
「・・・それか」

ヨンは得心がいったとばかりに頷いた。
「だからか」
「だからといって、他の者と話すなとまでは言っておらぬ」
「素直な事だ」
「ヒド兄様!!」

噂をすれば影。
東屋の方から、その素直で無言の筈の女の大きな声がした。
見ろ、あれ程大声で騒ぐあの女の何処が素直なのだ。
そんな気持ちでヨンの顔を眺めると、奴は無言で首を振る。
お主とて、稀には読み違える事があると言う事だ。

「マンボ様が、お手伝いをお願いしたいと」
雨の中を此方へ駆けて来た女は俺と共に雨の中に立つヨンを見つけ、慌てて頭を下げる。
そして本当にそのまま口を閉ざすと、俺だけをじっと見上げた。
見ろ。此度はヨンの眸が俺を見ると、女の方を顎で示す。

お兄様みたいです。 確かに女はあの雨の山道で言った。
そして此処に来て以来、確かにマンボと、時折顔を出す女人以外と話すのを聞いた事がない。

だからあの小僧どもも素性の判らぬ女に興味津々なのだ。
奴らとは一言も交わさぬくせに、俺にだけ妙に懷こい女。
その肚裡は読み切れぬ。しかし無口でいるに越した事はない。
ましてや遍照という二重間者の許にいるなら、口は禍の元だ。
俺から距離を置き放っておくなら最良だが、それは高望みか。
己が開京まで連れて来た手前、余り邪険に出来ぬ弱みもある。

煙雨よりも静かに纏わりつく女の視線を避ける俺を確かめ、ヨンは片頬だけで笑むと踵を返す。
「退散する」
「ヨンア!」
「あの方とまた寄る」

背越しに片手を上げ、ヨンは振り向きもせず去って行く。
見える筈もないというのに去って行く広い背に、女は律義に頭を下げた。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

1 個のコメント

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です