2016再開祭 | 桔梗・拾柒

 

 

背を見送る親子の姿が遠く離れるまで、二人並んで無言で歩く。
李 子春の宅を辞した帰途。
秋の陽の一番眩しい刻。
吹き始めた緩やかな風が、長く垂らした亜麻色の髪を揺らして抜ける。

後を尾ける家人のない事を確かめ、この方を伴って開京の雑踏に紛れ込む。
「どういう事ですか」
そうして初めて横を添うこの方に尋ねると、今まで無垢を装っていた瞳が久々に本物の三日月に笑んだ。
「・・・はあぁぁ、緊張した」

そう言ってこの腕を掴む掌は、秋というのに冷たい汗で濡れている。
「イムジャ」
「分かってる。言えなかったのよね?でも言わなきゃ!私たちはパートナーでしょ?
あんな風に前準備もなく会ったら、うまく対応出来ないじゃない!」
「それは」
「種を蒔いたの」
「・・・は」

あの紙に書かれていたのは、柳家の家訓ではなかったのか。
御祖母上が伝えて下さった大切な御言葉ではなかったのか。
「家訓なのですか」
「あの紙?」
「はい」

俺が頂戴した文。この方を慰める時の、心の支えにして頂こうと。
何故それが巡り巡って、選りによってこの方の忌み嫌う李 成桂の手に渡らねばならぬのだ。
「どういう事ですか」

今一度確かめるとこの方は足を止め、横の俺へと向き直る。
「ヨンア。あそこに書いたのは本当にうちの家訓でもあるの。
私が今一番食べたい、あなたに食べさせてあげたいものでもあるし、ハルモニが教えてくれた大切な人生訓でもあるの」

・・・さっぱり判らん。
俺が眉根を寄せるのを見て、この方は堪え切れぬよう噴き出した。
「あのねえ」
「はい」
「トラジとカムジャ」
「は」
「トラジとカムジャって書いたのよ、あの紙に」
「桔梗根と・・・」
「カムジャ。今はないわ。うーんと未来に外国から来るお芋」
「イムジャ」

ではこの方は李 成桂に二つの大きな情報を漏らした事になる。
一つは今の世で誰一人知る事のない、あの天界の文字。
もう一つは今の世で誰一人知る事のない、外つ国の芋。
「何故です」
「何故です、どういう事です」

これ程真摯に向き合っている俺を茶化すよう口を真似、この方は楽しそうに笑い続ける。
「あなたのそれ、久しぶりに聞いちゃった。騙したつもりはないのよ?でも・・・」
そこで声を切ると、この方は賑やかしい市の中を見渡した。
そして急に目を輝かせ、細い指先がこの上衣の袖を引く。

「お腹すいちゃった。せっかくだからお昼ご飯食べない?座ってゆっくり教えてあげる」

 

*****

 

此処で話すのも気は進まぬが、此処以外で万一話が漏れれば尚厄介だろうと選んだ店。
向かい合うのは相変わらずの手裏房の酒楼。

この方は大椀に盛られたクッパを前に、満面の笑みで杓文字を握った。
よくこんな時に暢気に飯を喰う気になるものだ。
俺は食欲すら沸かず、ただ旨そうにクッパを口へ運ぶこの方の杓文字の動きが一段落するのを無言で待つ。

「ヨンア、冷めちまうよ。喰わないのかい」
昼の客足が止まった処で、厨と客席を行き来していたマンボが俺の背に声を掛ける。
「今は良い」
「冷めても新しいもんは出さないからね」
「構わん」

クッパどころではない。この方の漏らした二つの情報を、あの喰えぬ親子が一体どう利用するのか。
考えるだけでもうんざりし、卓に片肘を突いてその掌に預けた額を押さえ込む。
確かに判断誤りだ。この方を連れて行くべきではなかった。
ましてや奴らの手中に、天界の貴重な情報を渡すなど。

種を蒔いたとは一体如何なる意味か。何より謎なのが、桔梗根の下りだ。
家訓でもある。一番食べたいものでもある。御祖母上の大切なお教えでもある。

焦り焦りと杓文字の止まるのを待つ俺の前。
ようやく椀の八分目までを平らげて、この方が満足そうな息をつく。
「あぁ、お腹いっぱい。おいしかった」

いつもならばその瞳に笑み返し、小さな頭を撫でて頷く処だ。
李 成桂親子との対面を果たした後に、涙も零さず顔色も変えず、元気良く飯を平らげて下さるだけで。
しかし此度ばかりはそうもいかん。先方に渡った情報は重い。

誰も知らぬ天界の文字。カムジャとやらは俺も初耳、恐らくは王様も御存じないだろう。
「あのね、手紙を渡したのはこの先・・・李 成桂の孫の一人が、あの文字を作るからよ」

この方は真直ぐ俺を見つめ、前置きなくいきなり話し始める。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    ウンス機嫌悪くなるかと思ったら
    悪くなったのは ヨンでした(笑)
    そそ ウンスが書いた
    家訓の書簡が読めるのは
    う~んと先の話
    しかも ウンスが食べたい物 ( ̄▽+ ̄*)

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