2016 再開祭 | 気魂合競・伍拾弐(終)

 

 

昨日よりはずっと走り易い大路を、二頭で駆け付けた外廓の荒家。
まさか二日続けて現れるとは思ってもみなかったのだろう。
托克托の戦士の巨人とかいう男は僅かな動揺を滲ませ、小雨の吹き込む戸口に立った俺達二人を凝視した。

それでも頷くと何か呟き、戸を開けたまま室内へ踵を返す。
さすがにテマンの訳がなくとも、入れと言われたのは判る。
続いて室内へ踏み込むと、他に居た四人が巨人の後から室内へ入る俺達の姿を認め、何とも言えぬ表情を浮かべた。

敵意ではない。しかし好意でもない。
かと言って無表情という訳でもない。
この男らと戦場で敵として対していたら肚内を読むのには骨が折れよう。
考えながら部屋内を、今にも崩れて来そうな卓に向かう。

懐から出した皮袋を其処へ置くとそれだけで、卓の脚は撓んだ音を立てた。
居並ぶ男らは卓が心配なのか、その袋を見て首を傾げる。
「元に戻る気は無いか」

俺の声を横のテマンが訳すると、男らは全員が顔を顰め首を振る。
「ならば高麗に骨を埋めるか」
テマンの声に一斉に頷く顔を確かめて、俺は袋の口を開けた。

中にぎっしり詰まった銀貨に、予想に反し男らは表情を歪める。
そして巨人がテマンに向け、短く何か吐き捨てた。
テマンは俺へと目を返し、戸惑ったように
「憐れみかって」
と囁いた。

「何故憐れむ必要がある」
男はテマンの通訳に、怒気を強めて言葉を返す。
「じゃあこの金は何だって」
「先払いだ」
テマンが訳すと男がさすがに不思議そうな顔をする。

「何処で生きるにせよ金は必要だ。その気があるなら手裏房を紹介する。
こき使われるが喰うには困らん。危険だがやる気はあるか」
テマンは一体どう通訳したものか、男らは一斉に頷いた。

「今から女主に顔合わせをする。その時この銭を少し渡せ。但し全ては渡すなよ」
マンボの事だ、あればあるだけ掻っ攫って行くに違いない。
素寒貧になってしまっては元も子もない。
金を渡して戦士らを中に入れる。その為の先払いの銭。

一旦中に入れば、この男らは高麗で生きる途が開ける。
そして手裏房にとっても高麗にとっても、この男らは助けになる。
「情報屋だ。これからは情報を集めて欲しい。
そして角力の技も憶えたい。その為の先払いだ」

それを伝えるテマンの声に、巨人は眉を寄せつつも頷いた。
「荷を纏めろ」
テマンの声に男らは初めて少しだけ笑い、巨人が何か言った。
「草原の民にはまとめる荷物なんてないって」
「ならば行くぞ」

巨人の言葉に嘘はないらしい。
男らは本当に着の身着のまま椅子から腰を上げ、雨にも埃の立つ荒家の扉から出て、俺達の後に従った。

 

*****

 

「・・・旦那ぁ」
小雨の東屋で向かい合うチホが俺に体を寄せ、目前の男らからは目を離さずに耳許で言った。

「こいつら、角力の」
「ああ」
「何でここに居んだ。殴り込みかよ」
「馬鹿言うな」
それでも警戒を解こうとせぬチホは、勝気な目で戦士らを睨む。
シウルは石段のヒドの横、何か起きれば止めようという決意に満ちた顔で様子を伺っている。
其処に漂う雰囲気は、到底褒められるものではない。

但し当のヒドは諦めたのか、それとも俺の策に呆れたのか。
此方を見ると太い溜息を吐き、怠そうに眼を閉じてしまう。
その中で意気揚々としているのはマンボくらいのものだ。
「そうかい。うちで働くのかい」

さすがに手裏房の女主、テマンほど流暢ではないにせよ元の言葉で巨人に向けて何か言う。
どうやらそれは伝わったようで、巨人は小さく頷いた。
マンボの機嫌の良さの理由は判っている。
先刻渡しておいた袋の中から巨人が幾つか取り出し手渡した銀銭に目が眩んだに違いない。

「元の情報を集めるのに役立つ。こいつらが鍛えれば、手裏房は強くなる」
そんな俺の太鼓判に
「もちろんさ、大歓迎だよ」
即座に同意したマンボの声と
「俺達が教わるのかよ!」
叫んだシウルの声が、妙な具合で重なった。

「持参金付きで来てくれる奴なんざ初めてさ。いたいだけいりゃあ良い。歓迎するよ」
「だけどよぉ、言葉も判んないのに」

東屋の中に飛び交う高麗語を、巨人らは無表情で聞き入っている。
これが俺の結論だった。
今、金子が必要な者。国庫から出たこの銀銭を使う価値のある者。

奴らの角力の技は、今後絶対に役に立つ。
習得する為にはすぐに繋ぎの取れる場所に匿いたい。
奴らの持っている今現在の元の情報も欲しい。
今後元の言葉を操る手裏房が居れば、より確実な情報が手に入る。

元の者である以上、如何なる事情があれ皇宮に引き入れる訳にはいかん。
あのまま荒家に住まって官軍にでも見つかれば、面倒な事が起きぬとも限らん。
そして托克托の最後の命令で高麗まで来た以上、追い返しても元に戻るとは思えなかった。

「巨人」
俺の呼び声に、巨人が頷く。
「此処で良いか」
テマンが慌ててそれを伝えると、巨人はもう一度頷いた。

「高麗の言葉を覚えろ。不便で仕方ない」
毎回テマンを伴える保証はない。俺が言ったその時
「・・・知ってる、少し」
初めて直接奴が口を開くと、訥々とした口調で言った。

「話せるのか」
「上手くない」
「構わん」
シウルとチホは突然高麗語を口にした巨人に目を丸くすると
「何だよ、話せんのかよ」
「先に言えよ!どうやって教わろうか考えただろ」

明らさまにほっとした顔で立ち上がり、改めて巨人らを見る。
「教えてくれよ、俺たち強くなりてえんだ」
その声に他の戦士らは顔を見合わせ、巨人が何か呟くと得心した顔で椅子を立つ。
連れ立って東屋を出て行く奴らを送り、珍しく興味をそそられた様子のヒドが
「俺にも教えろ、巨人」
そう言うと石段から腰を上げた。

「オトゴンドルジ」
巨人も同じように立ち上がり、俺に向けてぼつりと言った。
「オトゴンドルジ」
「・・・何だ」
テマンはそれを聞き、何故か嬉しそうに笑って俺を指差した。
巨人は同じように俺を指差し、そしてヒドと並び東屋を出る。

皆が出払った以上、これ以上長居しても仕方ない。
俺達も続いて腰を上げ、まだ一人座って銭を勘定するマンボに
「何かあったら声を掛けろ」
と言い残して、そのまま東屋を出る。

銀銭を愛でる女主からは、碌な見送りの言葉も返って来なかった。

「テマナ」
「はい、大護軍」
門へと足早に庭を歩きながら、横のテマンが頷いた。
「最後のあれは何だ」

元の言葉なのだろう。俺には意味が判らん。
話せるなら高麗語で頼みたいものだと思いながら問うと
「オトゴンドルジ。最後の強者、って意味です」

テマンはまるで己が称されたかのよう、誇らしげに胸を張って言った。
その後何を思ったか、微笑んだままその足が止まる。
「何だ」
「いえ。ドルジって強者、無敵、それに雷って意味もあります」

最後の強者、最後の雷。
そんなに格好の良い者なら、小雨の中を右往左往したりするものか。
「戯言は良い。テマナ」
「はい大護軍!」
「次は米だ。済危宝、東西大悲院、恵民局。一番困窮している処へ運ぶぞ」
「はい、大護軍!」

昨日の雨ですっかり埃を洗い流した緑。
その先から雫を落とす葉下を、俺とテマンは急ぎ足で次の場所へ向かうため、繋いだ馬の許へと駆けた。

 

 

【 2016 再開祭 | 気魂合競 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

5 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    収まるところへ収まって
    再就職の口利きまで…
    お疲れ様です。
    チホとシウルにヒドまで…
    強くなりたいのね うんうん
    最後の強者か~ 認められたってこと?
    きっと ヨンのために働いてくれるでしょうね。

  • SECRET: 0
    PASS:
    王様からの褒賞、遣われ方がいいですね。
    托克托(タルタル)の下で力をつけてきた、
    托克托(タルタル)が認める男が、高麗のために
    生き高麗のために働く。
    そのために必要な銀貨。
    活躍してくれると信じていますよ。
    お米は、済危宝、東西大悲院、恵民局へ。
    それぞれの施設の役割、よく分からないけれど、
    困っている人々を助ける機関なのですね。
    ヨンらしい配り方です。
    「最後の強者」ヨンは、心も広く強いのよね。
    さらんさん、本編並に長いお話でしたが、
    異色の話!?…で、引き込まれました。
    色気が殆ど無く、埃の匂いまでしてきそうな
    今までの闘い。
    ウンスまで賞品になっていたし(*^^*)
    男たちの「気魂合競」でしたが、
    読み手の私たちにとっても、
    この埃っぽさを感じながら、お話の中で闘う男たちと「気魂合競」の気分で読んできました。
    本当に…色気ないけれど…笑笑笑…
    でもヨンとヒドの闘いは、男らしくてうっとり。
    托克托(タルタル)の心情も感じながら「満足」な毎日でした。『奇皇后』の托克托(タルタル)は、ヨンとはまた違った魅力をもつ漢でした。
    お話で、ヨンと托克托(タルタル)の国を越えた友情も味わえました。
    途中、さらんさんがご体調を崩され大変心配しましたが「気魂合競」無事、ゴール!
    お疲れ様でした。
    でも、次のお話は何かと、ワクワクしています。

  • SECRET: 0
    PASS:
    オトゴンドルジ最後の強者…戦わずに対戦相手の力量が分かる強者っていますよね?巨人さん托克托の命懸けのヨンアへの託しもの…互いにいい道が開けたかな?結果良ければ…かな(^^)ありがとうございますm(__)m

  • SECRET: 0
    PASS:
    巨人さんは元を捨て高麗へ…
    生まれた国を離れる覚悟するってよっぽど
    そしてヒドはこれ以上強くなるつもりなのね(苦笑)
    いつか巨人さんの過去を知りたいです
    さらん様長編お疲れ様でした
    暫くはゆっくり休んでくださいね

  • SECRET: 0
    PASS:
    長編、お疲れ様でした!読みごたえがあってワクワクしながら読ませていただきました。
    さらんさんの本編でも『巨人』さん達出てくるのでしょうか~(^-^)
    次回も楽しみにしています。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です