2016 再開祭 | 紙婚式・拾陸

 

 

手渡した紙包を輝く瞳でじっと見て、俺の顔へと視線が戻る。
「私にくれるの?」
「はい」
「ほんとに?!開けてもいい?!」
「はい」
「やーーーっ!嬉しい、なになに?!」

頷くと小さな叫び声を上げ、桜貝色の爪先が包を丁寧に開く。
出て来たのは、編んだ絹紐で綴じた紙の束。

丁度この方が宅の寝屋の小卓の上に据える、あの天界の暦と同じ大きさに切り揃えた物だった。
この方が息を呑み、その表紙に見入る。

其処に貼り付けた、切り紙で拵えた黄色の小菊。

「ヨンア・・・これ・・・」
先ほどまで上げていた甲高い嬌声など忘れたように、あなたの指が切り紙の小菊を恐々撫でる。
いくら不慣れな手作りとはいえ、この方の力で破けるような軟な造りではないつもりだが。
「来る年の暦の台紙に」

あなたが天界の暦を書き付けたなら、きっと美しかろうと思った。
そしてこれからはその暦の上に、あの紅い印をつけて欲しかった。
年初めに新しい暦を記したら真先に。
毎年訪れる俺達の婚儀の記念の日に

其処に記す暦の一日一日を離れずに過ごそう
大きな×で消される日々が残り少なくなる怖さではなく、歩んで来た日々の思い出と足跡を残し。

最初はあの黄色い小菊を貼りたかった。
あなたが俺の心に咲かせた思い出の花。
けれど生花を貼り付ければ水が染み出て来るだろう。
俺はあなたとの足跡を刻む暦に、一点の汚点も付けたくなかった。

次に考えたのは、以前元で見かけた事のある細工紙。
紙のように薄く乾いた押花を貼りつけるという代案。
しかし草花の扱いにかけては右に出る者のおらぬトギに尋ねれば、刻が掛かると断言された。

渡せるのは今日この日、そして今年の記念日のみ。
何故なら来る年の記念日は、紙ではなく布で拵えた品が縁起物だと知ったからだ。

それなのに何故、悋気が云々という妙な話になったのだ。
何故あなたは、この心をいつまでも判って下さらぬのだ。
そして何故俺の歩みはいつまで経っても遅いままなのだ。

白銀の月の許、あなたの全てを知った去年の今宵。
震える指先で息を止め、揺らさぬように壊さぬように触れた。

護りたいと思った。俺の全てで、あなたの総てを。
その為なら死ぬ事ですら、久遠の静かな眠りだと思った。

そして決して死ねぬと思った。あなた独り残して。
その為なら全ての敵を斬り、幽鬼となっても生き残ると。

想うだけで心は乱れる。由佐波利の上の体の如く。
前に後に振り回される。あなたの言の葉、その瞬き一つで。

歩みの遅い己の、臆病で、弱く強く、情けない姿を憶えておく。
生涯二度と思い出したくない恥辱に塗れた姿でも。
何故なら全てが俺達の足跡だからだ。
手を焼かせ、思い込みは激しく、肝心な男心は全く判らぬ方を選んだのは俺自身だからだ。
腹を立て、心配で追い駆けた。手が震えるほど迷うたのも、我を忘れて求めたのも。

出逢いは運命で、その出逢いからの日々は足跡になり暦に残る。
その運命の糸は縦横に縒られ、一巾の鮮やかな布を織り上げる。
来る年にはそんな布で拵えた縁起物を渡そう。

真冬の雪夜にはあなたを包み、暖かい春には櫻の下に敷いて、二人で花を見上げよう。
夏の水遊びで濡れた体を拭き、秋にはチュホンの背に括り付け、再び巴巽を訪れよう。
そうして年を経るごとに、共に少しずつ強くなろう。
あなたを想い、慈しみ、愛する事で強くなるなら、俺はこの世で最も強い男になれる。

「ほんとに、ありがとう」
そうだ。こんな時強くなると誓う。幾度も、幾度でも。
不器用な遣り方で心を伝えれば、嬉しさに泣き出してしまう幼子のような方。
その涙がどんなに俺を喜ばせ、奮い立たせ、決意を新たにさせるか知らぬ方。

再び誓う。この方が笑顔の仮面を脱いで、弱く震える声で呼ぶ時。
俺がいる。あなたを背に庇い、道を失えばその手を握り導くから。
だから黙ってついて来い。最後の一息まで必ず護る。
あなたの涙も、強がりも、無理して浮かべる笑顔も。

あなたは瞳の縁を涙で赤く染め、慌ててそれを擦ると照れたように笑んだ。
そして桃色の荷を膝に引き寄せて解き、中から美しく染めた紙を取り出した。

 

 

 

 

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