2016 再開祭 | 玉散氷刃・拾

 

 

憤怒の形相を浮かべたチェ・ヨンを宥めたくとも、先に知るべきはウンスの行方だと、キム侍医は敢えて声を抑えた。
「では、診察部屋のあの文は」
「薬員が庭の影を見た時には、既に置いてあった可能性がある」

周到過ぎるとチェ・ヨンは思った。

ウンスの目を盗み自室に侵入するだけならともかく、文を書く隙やそれを置く暇があったとは思えない。
姿を消したウンスの追跡を遅らせる為、予め用意してあったのではないか。
チェ・ヨンの宅の庭に投げ込まれた文が見つけ難い処にあったのも、同じ理由なのだろうか。

確かに典医寺を訪れたチェ・ヨンが最初に机上に残されていた文を読めば、急用と信じ込む可能性はあった。
しかしそれもこれも、ウンスが漢文を書ければの話だ。

周囲の者は知っている。
典医寺も、そして王も王妃もチェ尚宮も、ウンスが漢文で頭を痛めている事を。
代わりに文字とは思えないあの天界の文字を 自由に操る事も。

犯人は妙な処で周到で、妙な処で詰めが甘い。
大それた拐しを企てながら、ウンスが漢文を書けぬと調べなかったのか。
もしくは書けるものと信じ込んでいたのか。

考えるのは性に合わぬと、チェ・ヨンは唸った。
此処で頭を抱える暇があるなら市井に飛び出し、虱潰しに手当たり次第に探して回りたいと。
しかしウンスが敵の手中に落ちたのは、十中八九疑いようがない。
これでもしも目立った動きを起こし、行方を突き止める前に最悪の事態が起きれば。

それだけを考え、こうして走り出しそうな足を無理に踏み留める。

チェ・ヨンの思い詰めた横顔を見上げたテマンが、心配そうに眉をしかめる。
その時大きな足音と共に、背の高い影が表扉から部屋内を覗き込み
「ああ、大護軍。ここにいらしたんですね」

肩で息をしながら、額に噴き出た汗を拭ったトクマンがチェ・ヨンへ頭を下げる。
「どうした」
「チホからの伝言です。手裏房が医仙の居所に心当たりがあると」

その声にチェ・ヨンは物も言わずに部屋を駆け出る。

続きを言う前に自分の真横を擦り抜けたチェ・ヨンの速さに、トクマンが扉前から飛び退く。
続いて駆け出て来たテマンの背を追って、トクマンはもう一度駆け出した。

 

*****

 

「何処だ」

酒楼に飛び込んで来るが早いか前置きなく尋ねる声に、出迎えたマンボが面喰ったように首を振る。

「落ち着きなって。水でも飲むかい」
「あの方は何処なんだ」
繰り返すチェ・ヨンに、東屋の椅子に腰かけていたチホが
「オク公卿、知ってるだろ」

そう言って身軽に立ち上がると、チェ・ヨンの許へやって来た。
ウンスの診ていた女の夫。高官でもある男の名に
「名だけな」
チェ・ヨンが頷くと
「昨夜遅く、そのオク公卿の弟が大きな袋を肩にかついで、裏口からこそこそ邸に入ってったって」
「何故知っている」
「隣の邸で宴をやってたんだよ。そりゃ豪勢な奴を」

なみなみと水を注いだ茶碗をその掌に押し付けながら、マンボが声を継いだ。
注いだ中身の水が飛び、その飛沫がチェ・ヨンの袖まで濡らす。
飲まざるを得ぬほど注ぎやがって。

下手な心遣いに茶碗の中身を一息に煽ると、マンボは続いて後のテマンとトクマンにも茶碗を渡し
「オク公卿のとこは女房が病なんだろ。隣の家の主も一応気遣いで声を掛けたらしいんだ。
こんな時に騒がしくして申し訳ないって。そうしたらあんた、オクって男、なんて言ったと思う」

何故女というのは結論から先に物申さぬのか。
持って回ったマンボの物言いに苛りつつ、チェ・ヨンが問い返す。
「何と言ったんだ」
「ちょうどいいってさ」
「丁度良い・・・」

如何なる意味だ。丁度良い。計りかねたチェ・ヨンは繰り返す。
「隣の主は、気が塞いでるから大騒ぎしてもらえりゃちょうどいいって言ってると思ったらしいけどね」
「家人が荷を運び込んだのは」

チェ・ヨンの声にチホが言った。
「もう子の刻を回ってたってよ。酒が足りないって、真夜中に呼び出されて酒を運んだ酒屋が文句たらたらだった」
「何故その荷が、あの方と関わると」

チェ・ヨンの問いにチホが懐から、小さな包を取り出して開く。
収められていた銀色の細い小刀を見て、チェ・ヨンはその耀きに見入る。
ウンスが肌身離さず持つ、あの天界の治療道具の小刀。
こんなものがこの世に二つとあるわけがない。

その視線で確信を得たように、チホはチェ・ヨンへ言い募る。
「これが荷から落ちたんだってさ。天女のじゃないのか」
「邸の場所は」
「皇宮の大通りから一本入ったとこだ」

全てが余りに符合する。
ウンスが攫われた時刻。皇宮からオク公卿の邸までの移動の刻。
大きな荷を肩に邸へ戻った弟。 荷から転がり落ちた天界の小刀。
「また来る」

チェ・ヨンはそれだけ残すと持っていた椀を卓へ乱暴に置き、再び酒楼を飛び出した。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    ウンス、袋に詰め込まれた上に、肩に担がれて運ばれたの?
    荷物みたいに扱われるの、大嫌いなウンスなのにね。
    猿ぐつわもされていたかな。
    辛かったね、ウンス。
    せめて、お姫様抱っこで運んで欲しかった。
    どちらにしても、ヨンには赦せないことよね。

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