女性が何か叫ぶように大きく口を動かした後、モニター内が突然慌ただしい動きを見せる。
さっきまで女性と話していた男性が周囲のブースから何かをかき集める。
そして女性はその手にゴム手袋らしきものをはめた。
男性の首を切った張本人の鎧の男は、被害者の男性をベッドらしき台に寝かせる。
モニター内で、女性はどうやら被害者のケガの治療をしているらしい。
その横でしゃがみ込んでいたスーツ姿の男性が立ち上がると、慌てて補助に動き出す。
あの鎧の男はそんな女性の姿をじっと見ているだけ。
本当に、微動だにせずにじっと見ている。
人間って、あそこまで静止できるものなのだろうか?
やがて女性が手袋を外す。
鎧の男は台の上に並べた様々な道具をまとめて包み、自分の肩からしっかり下げる。
そして2人とも、モニターからフレームアウトした。
またモニターが切り替わる。次は見慣れたCOEXの正面ロビー。
女性がしゃがみ込み、鎧の男がその腕を掴む。
抵抗しているらしき女性は首を振り、鎧の男に何か言って。
次の瞬間、鎧の男は片腕を上げた。
そしてモニターのフレーム一杯に、真っ白いストロボライトが輝いた。
「あれ、何のライトですか?」
今度はお静かにと言う事もなく、教授はウンザリした顔でメガネを外して目頭を押さえた。
「同時刻の、別のセキュリティカメラ映像です」
ユン刑事が言うと、再びモニターが切り替わる。
正面ロビーの表からの画像なのだろう。
そこに停車しているらしき警察車両の一部が見える。
相当な数が停まっているらしい。おびただしい回転灯の光が、モニター内に溢れている。
その時モニター画面いっぱいに、いきなり雪のような細かい欠片が飛び散った。
そして次の瞬間、壁一面のモニターはブラックアウトした。
同時にユン刑事が溜息のような声で言う。
「この時COEXの正面ロビーのガラスが一瞬で全て割れました。そこに取り付けていたカメラも全壊です」
スーツ姿の男性も、それを裏付けるように何度も頷く。
「警察車輌は最前列の11台が廃車。その後方車輌もウインドウ類が全損、ボディには無数の傷がつきました。
原因は何だと思われますか、教授」
ユン刑事の質問に、教授は正直に首を振る。
「判りません」
「雷、だそうです」
「・・・は?」
「か み な りです。そしてここからはCOEXのカメラではなく、数少ない警察車両に残った車載カメラの映像です」
ユン刑事はポケットからUSBを取り出すと、目の前の装置にセットする。
いったんブラックアウトしたモニターに、今度は警察車輌のものらしきオンボード画像が映った。
さっきと比べて回転灯の数が少ない事は、画像ですぐに判る。
そして撮影中の画面の奥。前に止まっていたパトカーの天井に、突然不思議な影が現れた。
考えたくないけれど、それはまるで飛んで来たか、降って来たかのように、いきなり何の前触れもなく。
今まで姿すら見えなかった影。鎧の肩にさっきまとめて担いだ荷物と一緒に、白いスーツの女性を担いだ男。
次の瞬間、鎧の男が前の車の天井から軽々と飛び上がる。
その姿は消えて、オンボードの画像がほんの少し揺れた。
まるでフレームアウトした鎧の影が、次はその映像を撮影する車の天井に着地したように。
前のパトカーとの車間距離。そのトランクスペース、撮影車のフロントスペース。
どう少なく見積もっても5mはある。
人間が、女性を担いで助走もなしで、5mを飛べるわけがない。
けれど画像内で鎧の男はどこからか突然現れたし、そこから飛び上がっている。
「そしてこれが最後の映像です」
すっかり夜に飲まれたその景色は、さっき通って来たばかりの奉恩寺の境内。
あれだけ広いし、施設の一部でテンプルステイもしているから、セキュリティカメラがあるのも当然だろうけれど。
その境内の参道を歩く影。肩には例の女性を抱えたままだ。
歩いてはフレームアウトして、別の角度のカメラに写り込む。
一切脇目も振らず、そしてモニター隅の時計から考えるに、相当な速度で移動している。
問題のあの弥勒大仏の石像の前で、女性はようやく肩から降ろされる。
「何か特別な行事の日ですか?」
いつもの石仏を照らすライトと違う、青白く強い画面の光に思わず尋ねた私に向かって、ユン刑事は首を振る。
「いいえ。ごく普通の開門日でした」
そうなのか、これぞまさしくライトの加減ってやつかしら。
納得できない思いで首を傾げ、続きの映像を見る。
肩から下ろされたんだし、あの女性も解放されるのかと、思わずほっと胸を撫で下ろす。
ここまでの一連の映像で見る限り、女性は鎧の男と面識があるように思えない。
ただの通り魔的犯行に巻き込まれた上に誘拐されるなんて、同じ女性として余りに可哀想。
そう思って安心したのに。
映像の中の鎧の男は、そんなつもりは全くなかったらしい。
退路を断つよう、徐々に石仏の方へ女性を追い詰めていく。
女性はそれに圧されるように、石仏の台座の階段を上がる。
一段、また一段。そして次の瞬間。
「・・・嘘だ」
今度は先に呟いたのは、隣で映像を凝視していた教授だった。
一秒前までモニターに映っていた男女の白いスーツも鎧姿も、どちらもが消えていた。
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