2016再開祭 | 秋茜・拾

 

 

実の兄上を流刑に処し、御自身の御妃様を廃し。
それも御自身の本意でないなら、これ程の気鬱が溜まって当然だ。
目の赤さは七情怒気の肝の傷み。溜息は悲憂の肺の気の消耗。
極度に力がこもり緊張された御体、その歩き方。

「自分を守りもせずに見捨てた余を、さぞや怨んでおろう」
王様は自嘲されるように吐き捨てられる。
黙っていようとも思った。けれど先に言葉が溢れた。
「王様」
「何だ」
「深く息をお吸い下さい」

王様の御前、自分で大きく深呼吸をしてみる。
「頭痛や目の痛みがされる時は、大きく息をし少しお散歩を」
「・・・何故余の頭痛を知っておるのだ。御医も知らぬのに」
「御心から来ているかと」

そこまで言ってから気付いて、慌てて頭を下げる。
「申し訳ございません。出過ぎた事を申しました」
「それは構わぬが、話だけでそこまで判るのか」
「王様」

私は王様と並んで、その赤い点の向こうにある廃妃様の御心に思いを馳せる。
そしてここで傷ついて、御心も御体も病んでおられる王様を。

「怨んでなどおられません、決して」
首を振る私に驚いたのか、王様はお目許の手を下してこちらをご覧になった。
「畏れ多くもそう思われたなら、あんなに高い山の岩に危険な思いをしてまで、王様の御好きなチマを掛けたりされませぬ。
まして仁王山中には大虎もおります。もしも王様を少しでもお怨みなら、そんな事は決してされぬでしょう」

私の声を疑うように、王様は頭を振られる。
「自分で掛けたとは限らぬ。家人に頼んだのかもしれぬ」
「では家人の方からも、危険を覚悟でお言いつけを聞く程に慕われておいでなのでしょう」
「ソヨン」
「はい、王様」

妓医女に何が判ると一笑に付されるか、またお怒りになるか。
それでも減らず口なら負けない。口から出た声は取り戻しはきかない。
覚悟を決めた私の横、王様はもう一度赤い点をご覧になると、思いがけぬ穏やかな小さな声でおっしゃった。
「・・・褒めた事があるのだ」
「はい」
「余より一つ年長でな。婚儀の頃は兄の権勢下、しがない余より妃の婚家の方が力があった。
兄上の息の掛かった婚儀だと、批判の声もあった」
「はい」
「それでも余には、妃が眩しかった」

王様はその頃を思い出されるように、赤い点を見つめたままで御声を続ける。
「外の世界も知らぬ、宮廷にも戻れぬ身で、妃だけがこの世の全てだった。
その妃の纏うチマが美しゅうて、綺麗だと褒めた事がある」
「はい」

妓医女への気安さか、王様はそんな風におっしゃる。
「一番苦しい時を共に過ごして来たから、つい探してしまうのかもしれぬ。
何の楽もさせてやれずに追い出した。最後に廃妃という重い枷まで背負わせて」
「・・・王様」
「あの日本当に綺麗だったのは、チマでなく妃だったのにな」
「きっと、判って欲しいと御思いです」

緑の山並の赤いチマ。あんな目立つ場所に、あれほど鮮やかな目印を掲げるなら。
「御自分がここに一緒にいらっしゃると。離れても御心は共にいらっしゃると」
「本当にそうか」
「廃妃にして悪縁を残さず、賜薬もあり得たかもしれません。前王様の御身内なら。
そうせず済んだ事自体、王様が精一杯守られたという証でしょう。
それを判っていらっしゃると、お伝えになっているように思います」
「そうなのか・・・」

秋の日の中で目を細め、王様は急に低く笑いだされた。
「だからか」
「王様?」
「だからソンジンは」
「・・・ソンジンですか?」

廃妃様のお話ではなかったのだろうか。
突然思い出したように御口から出た名に首を傾げる私に微笑んで、王様は頷いた。
「ソンジンは戻って来よう。いや、もしや宮中におるのか・・・」

橋の上、ここまで来た時とはお人が変わられたようにご機嫌なご様子で、王様は尚膳令監の待つ方へ歩き始めた。
「これでも余は、人を見る目がある」

戻って来る筈がない。ましてまだ宮中にいるなんて。
後から従う私は王様の御言葉の意味が判らず、ただ無言で頭を下げた。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    ソヨンに言われて
    少し 息ができたかしら?
    廃妃に対して 後ろめたさも
    後悔も 誰にも話せなかったのに
    どこかにいる。
    裏切られたと 思っても
    どこかで 信じようと するもの
    そばにいるのよ

  • SECRET: 0
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    王様のお心の辛さ、それによってご体調が優れないようだと、ソヨンは、王様のお側にひかえるだけで分かったのね。
    ウンスは、天界の医者でした。
    ウンスのような知識や技術は持っていないけれど、人を思いやり治療するという気持ちは、同じようです。
    王様の愛された、廃妃することにしなければならなかった妃との、切なく無情な縁。
    王様の想いを分かっていらっしゃるはず…と、そう言って貰えたことだけでも、どんなに王様のお心は救われたことでしょう。
    そうしてあげられた、ソヨン。
    ソンジンも、きっと、そんなソヨンを理解し、愛していたウンスとは別の愛を、ソヨンに感じてくれると信じています。
    ソンジンは、ソヨンのいる皇宮へ、ソヨンがお心を守っている王様の元へ、戻ってきてくれますよね。
    ソヨンを護るために、朝鮮で生きる力を持つために。

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