2016再開祭 | 秋茜・玖

 

 

怒ったような足取りで、無言で歩いて行かれる王様の三歩後ろからついて行く。
こうして拝見すると、腕の振りが固い。
首筋から肩にかけても力がこもり過ぎ、緊張していらっしゃる。
そして目の赤さ、時折吐かれる溜息も気になる。
御体に触れられぬ以上、それ以上は何とも言えないにしても。

ただ無言でその御姿を拝しながら、後ろから従う。
「・・・尚膳の言ったような意味ではない」
離れた処で王様を守る尚膳令監や内侍の方々、そして尚宮の方々。
背後の大勢の気配にちらりと目を投げて、王様は呆れたような息を吐いて私へと向き直った。

秋の風が渡る景福宮の池の畔。
長く掛かった石造りの端の丁度中央辺りで怒ったような歩みを止めて、次にその赤い御目が私を見る。
目を合わせる訳にはいかないと、急いで視線を下げると
「・・・そなたは、ソンジンとは違うのだな」

視線を逸らしても、王様がこの顔をご覧になっているのが判る。
どこか淋しそうな御声で、背後に届かないよう王様は呟かれた
「庵が欲しいと申したから、与えたのだ」
「はい、王様」
「そなたが、行き場所を失くしたからと」

ソンジンとの話を思い出したのだろうか。王様の御声に少しばかりの温かさが戻る。
「面白い男だ。実に。余が晋城大君と呼ばれた頃からそうだった。
歯に衣着せず、この世の理にも縛られず、遠慮もせぬ。
己の保身など考えず、正しき事、言いたい事を言う。そんな者は今まで、余の周りにはおらなんだ」
「はい」
「だからそなたもそうなのかと思ったが」
「・・・王様」

禁衛把摠であるソンジンと妓医女の私では、もう立場が違う。同じように振る舞えるはずがない。
けれどあの男は変わらない。
妓楼に連れて来た時も、用心棒扱いをした時も、私がどんなに無礼を働いても、逆に自分がどれ程高位に上っても。

王様はようやく上がった私の目を捕まえると、淋しそうに頷いた。
「許せ」
「王様」
「そなたをどうこう思うて側に置くのではない。そなたが居れば、ソンジンが戻って来る。
余の為でなくそなたの為に。 だから側に置く。人質のようなものだ」
「構いませぬ」

構わない。ただ王様が御存じない事が一つだけある。
ソンジンは私の為には戻って来ない。あの夜の、議政府殿でのパク大監との話を立ち聞いた今は尚更に。
そんな事を言うわけにもいかず、王様に失礼のないよう橋から遠景へ目を投げる。

その時まだ色づくには早い仁王山の緑の中、小さな点を見つけ、私は目を凝らした。
急に黙り込み遠くを見る視線に気づいたのか。
王様も同じようにその遠景をご覧になると、眉をひそめて苦し気に笑まれる。
お若い王様の御顔に浮かぶ、そのご年齢には余りに相応しくない皮肉めいた笑み。

「見えるか、ソヨン」
王様はそう言って、その緑に映える赤い点を指差した。
「はい、王様。早紅葉かと思いました」
「恨まれている」
「え?」
「余を呼んでいるのだ。これ程離れても」

王様は震える御声を深い息で整えると、挙げた御手で目許を塞いでしまわれた。
「ただ一目でも、再び逢えるなら」
「・・・王様」
「あれは廃妃慎氏のチマだ」

端敬王后、前王の縁戚との理由で後宮を追われたその御名を口にした王様は、目許を隠したままでおっしゃった。

「蟄居先の生家が仁王山の麓にある。離れてもつい目で探してしまう話が伝わったのか、ある日あそこにチマが掛かった」
「・・・そうだったのですか」
「共に居た頃、余の好きだったチマだ。妃に良く似合っておった」

赤い点は廃妃様の御心を伝えるように、山の緑の中にくっきりと浮かんでいる。
「たった七日だった。前王の縁戚の者を王妃として遇する訳にはいかぬと、パク右賛成以下の反正功臣の全員が反対した」
「王様」
「余に何が出来たろう。彼らに担ぎ出された王だ。十一の年から七年共に居ったが、王妃でいてくれたのは七日だけだ」
「・・・王様」
「余には大切だった。妃より王座が大切だった。周囲の反対を捻じ伏せる力もないまま流された」
「王様」

言葉がない。そしてほんの少しだけ判る気がした。
王様が御即位以来今までにない程気鬱を溜め、気短になられた原因の一端が。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    王様もかわいそうね~
    地位はあっても 自由は無い
    言いたいことも言えないし
    ソンジンを側に…
    そのために ソヨンを
    そうするしか無いんだけど
    悲しいわね~
    ソンジン 探しにも行けないねぇ ( p_q)

  • SECRET: 0
    PASS:
    どこか、ヨンに似ているソンジンがいて、テウがいて…。
    過去のヨンのような、未来のヨンのような。
    ヨンだけ想いたくても、ソンジンとソヨンの幸せは気になる。
    ヨンとウンスが、強い愛と絆と慈しみで繋がっているように、
    ソンジンとソヨンにも、そうなって欲しい。
    今、二人の身分や位は違っているみたい。
    朝鮮…の時代に生きるなら、ソンジンには、ソヨンを護る強い力はあってほしい。
    王様からの思いを受け取るのは、ソヨンを護るための力…って考えるわけにはいかないのかな。
    ん~、まず、ソンジンが、ソヨンと生きる…って
    決めないと無理かな。

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