2016 再開祭 | 彫心鏤骨・中篇

 

 

「碧瀾渡?」
「ああ。あの年天気が悪かったのは、開京あたりだけだからね。他で作った人参は、碧瀾渡に集まってるよ。
但しまともに買ったら目ん玉飛び出るほど高い。碧瀾渡ならよその国の客が言い値で買ってくれるからね」

店の奥の段に腰掛けると、姐さんはそう言って嬉しそうに笑った。
「その金でこっちは丸儲けさ。だけど天女が困ってるなら口を利いてやるから、買いに行っといで」
「良いんですか?!」

思わず叫んだ大声に、姐さんの手が私の口をふさぐ。
「しーーっ!!」
「も、もめんまはい」
「全く、内緒の話だから奥でやってるんだよ!」
「ふぁい」
「分かったら大声はなしだよ、良いね」

口をふさがれたままで頭だけこくこく頷かせると、やっとその手が口を解放してくれる。
「天女とヨンア以外に教える気はないよ。普通ならど偉い金が稼げる商売だから。判ったね」
「はい」
「かと言って堅物のヨンアじゃ、王様に出す人参を闇買いしたなんて知ったら怒りそうだしねぇ」
「闇取引なんですか?」

王様や媽媽にお出しする薬剤に危ないものは困る。
一瞬迷った私に、姐さんは笑って首を振った。
「品は確かさ。保証する。正直言って、碧瀾渡で大食国や元あたりに下してるもんよりずっと良いよ。
だから国の中に残しとくのさ」
「そうなんですか?」
「そりゃそうだろ。国の外を潤してどうすんのさ。国の中に残しときゃ貴族のお偉いさんらが、内緒でごっそり買い集めてくのに。
それならいちいち余計な手間賃を払って、金を替える必要もないしね」

うーん、つまり手数料を払って外貨両替する必要がないって事よね?
「さすが姐さん、頭良い」
「この道何年だと思ってるんだい」
姐さんは得意げに顎を上げると、そこから流し目でこっちを見た。

「取りあえずチホとシウルを待たせとくよ。天女が着いたらそっからあいつらが案内する。それで良いね」
「今日のお昼過ぎに行けます!よろしくお」
立ち上がって頭を下げて大きな声で言いかけた口を、姐さんの手が慌ててもう一度ふさいだ。

 

*****

 

「・・・出向く理由はそれですか」

マンボとの一件をすっかり白状して気が軽くなったか。
この方は清々した顔で、罪の意識も無いように頷いた。
「ほら、困った時はお互い様じゃない?王様の薬湯に、人参は絶対に必要なんだし。
ヨンアだって、王様が元気じゃないと困るでしょ?」

此方の足元を見るような一言は余計だ。
「民が税として納めたものでしょう」
「あ、勘違いしちゃダメよ?」

唇を引き結ぶ俺とは反対に、この方は生き生きと説教を垂れる。
「農家の人は人参を納めればそれで良いんでしょ?その後の人参が他の国に買われようと、国内で残ってようと、農家の責任じゃないわ。
姐さんは知恵は働くけど、そういう悪い事する人じゃないもの。 それはあなたも知ってるでしょ?」

その言葉に苦い思いで首を振る。 確かにそうだろう。
どうした伝手を辿ったか、正しく納められてからその人参を手に入れている筈だ。しかし。
「横領には違いない」
「じゃあどうするの?王様の人参はないし、あと3年は手に入れるのに苦労するのに、その横流しする人を捕まえる?
マンボ姐さんや手裏房のみんなにだって、迷惑がかかるのよ?」
「それは」

「第一国外に売られるより国内にあって良かったじゃない。姐さんだって言ってたわ。
国の外を潤してどうするんだって。本当にそうよ。きっと今だって、人参はこの国の特産物でしょ?
国内で有効活用すれば、それが一番良いじゃない」

おっしゃっている事が正論だから、聞けば尚更腹が立つ。
「知った以上は」
「分かった!分かったから、ひとまず落ち着いてよ、ヨンア」

席を立つと慌てたようにこの腕を掴み、その途端の痛みに顔を顰めるこの方に驚いて、思わず椅子に腰掛け直す。
「大事ないですか」
「うん、忘れてて・・・ちょっと痛かっただけ」

その声を聞きながら向かいの侍医へ眸を投げる。
突然この眸に睨まれ、侍医は決まり悪げに額へと手を当て眼を逸らす。
「火傷でしたので・・・治療はしましたが」
「どれ程続く」
「完全に治るまでには七日から十日程でしょう。痛み自体はそこまで続く事はありません。
ただ手の甲ですし、水泡が自然に潰れるまでは少々動かしにくいかと」
「だけど、どうしても今日行かなきゃいけないの」

侍医の声に続き、畳みかけるようにこの方が言い募る。
痛む手を振りながら言われれば、俺に選ぶ事は出来ん。
「碧瀾渡でチホ君とシウル君が待ってる。2人の顔を知ってるのは私とあなただけよ。
2人だって、私たち以外を案内なんてしてくれないわ」
「・・・確かに」

妙な処で義理堅いあの手裏房の若衆。
まして露見すれば己らにも面倒が降りかかる横流しの闇市に、俺達以外を連れて行くとは思えん。

王様の薬剤。碧瀾渡。チホとシウル。
闇市。横流しの人参。迂達赤の役目。
この方の、手綱を握れぬ程の利き手の火傷。
最も先に考えるべきはその中の何処にある。

「俺があなたを乗せて参ります」
この方が侍医と一つ鞍に相乗りするよりは、その方がまだ耐えられる。

諦めの言葉と同時に吐いた息に、この方は嬉し気に頷いた。

 

*****

 

「旦那!」

既に顔見知りになった碧瀾渡の厩。
嬉し気に駆け出て来た厩番に馬を預け、市へ踏み込んだ途端の呼び声に足を止める。

市の入口すぐの茶店の庇の下からの声。長卓の椅子から振られる手。
待ち構えていたシウルとチホが立ち上がり、此方へ駆け寄って来る。
その顔にこれから闇市へ向かう緊張感など微塵も無い。
大きく笑みながら俺と、そして脇のこの方へ嬉し気な顔を向けた後。
案の定、最後に眼を向けた侍医に胡散臭げな顔をしてみせる。

「天女か旦那が来ると思ってたぞ」
シウルはキム侍医の頭の先から爪先まで見た後、俺に小さく囁いた。
「信用出来る。典医寺の御医だ」
「そんなの関係ねえよ」
チホは不機嫌そうに吐き捨てると、手に握った槍を肩へ担ぎ上げる。
「俺達は姐さんから、ヨンの旦那か天女以外は案内すんなって言われてるから」
「成程な」

流石に一筋縄ではいかん。頑迷に首を振るチホに向け息を吐くと、
「止めるか。お前らも金は入らんぞ」
その脅しにチホは鼻に皺を寄せた。
「こっちだって危ない橋を渡ってんだぜ。知らない奴は連れてけねぇ」;

不満げな声に、チホの頭を張り飛ばす。
「・・・って!何だよ!!」
「横流しの闇市を開いておいて威張るな」
「だけどそのお蔭で、天女だって人参が買えるんだろ!」
「不正な手ではないか」
「そんな事してねえよ!手裏房の薬房に入って来た人参を、大食国や元の商人に売ってねぇだけだ!」

その声にひとまず胸を撫で下ろす。
「御医については俺が保証する。万一裏切れば」
顰めた声に興味深げに聞き耳を立てる侍医に向け、肩越しに眸を投げ
「お前らでなく俺が相手する。どうだ」

侍医はその声を確り捉え、苦々しく笑って頷いて見せる。
「・・・ヨンの旦那が、そこまで言うなら・・・」
未だに不満げなチホを宥めるように、シウルが言葉を添える
「但しマンボ姐さんには、旦那から言ってくれよな」
「おう」

請け負うとようやくチホとシウルの顔が晴れる。
「決まったなら、連れて行け」
「うん」
俺の一声に頷くと先に立ち、二人は大通りを何気ない顔で歩き始めた。

 

 

 

 

2 件のコメント

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    やっぱり…。(⌒‐⌒)
    小気味が良くて、なんと無く嬉しくなる。(笑)
    生きずらい時代だけど、逞しい。正しいは正義じゃない。でも、はずれない路がある…かなぁ?。
    白 黒 混ざる色。
    何んにしろ、逞しい(^ー^)。

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