2016再開祭 | 秋茜・捌

 

 

「ソヨン」
「・・・はい、王様」
「顔を上げよ。今日こそは答えてもらう」

若い王様は、今日はまた一段と機嫌が悪い。
並んで王様の前に控えるチョ医官様は取りつく島もない不機嫌な声に、狼狽えるように私と王様を伏目で伺っている。

仲秋節の只中の宮廷は、祭祀や宴の予定が目白押しだ。
あまり御体の丈夫でない王様にお持ちした薬湯の御椀を放り投げられはしないかと、怯えておられるのが判る。
おまけに医官長である御自分を差し置いて、私にばかり御声が掛かるのも納得できないのだろう。
早くお答えせよ、そんな目線でしきりに合図を送って来る。

かと言って、何とお答えすれば良いんだろう。
「ソヨン、ソ・・・禁衛把摠は、何処だ」
「王様」
「余の呼び出しにも応じず、何処へ雲隠れしておる。何故宮中にも、禁衛兵舎にもおらぬのだ」
「それは」
「どういう事なのだ。余の側にいるべきであろう。ましてやこれ程の祭祀の予定が控えておるのに」
「王様、畏れながら」

激昂の度を増す王様を見兼ねたか、御部屋の隅にお控えの尚膳令監が一歩進み出て頭を下げた。
「衛であれば内禁衛がおります。禁衛把摠への処罰は後程」
「把摠に罰など与えるなど、余は一言も言ってはおらぬ!」

さすがに投げる事はしないまでも、王様は震える御手に握る御椀を大きな音で目の前の文机へ戻された。
「申し訳ございません」
尚膳令監は恐縮するよう体を縮めて頭を下げられ、どうして良いやらという顔で、私の答を待つよう押し黙ってしまう。
「ソヨン」
「はい、王様」
「パク右賛成も、把摠の行方は知らぬと申しておる」
「・・・はい」
「手掛かりはそなたしかない。把摠は余を守ると約束したのに」
「はい、王様」
「それなら宮中を離れる時は、余に断りを入れるのが理であろう。無言のまま何処へ行ったのだ」

尚膳令監も内官長様も怪訝な顔で、私と王様を見比べている。
首医女とはいえ医女が王様の御体を御拝診する事は出来ない。
こうして御前に召される自体がおかしいのに、先刻以来王様はソンジンの話しかしておられない。

「何処におるのか、見当もつかぬのか」
あの夜、ソンジンは私を庵に送ると物も言わずに出て行った。
私もソンジンも、漢陽には明るくない。
ほとんどの時間を宮中か、当時晋城大君であられた王様の御屋敷で過ごして来た。

宮廷以外で知っている場所は一箇所だけ。
ソンジンが捜し求めて来た、光る門のある王陵奉恩寺。
私ならどうするだろう。信じていた人に裏切られと思ったら。
まして漢陽まで遥々やって来た理由が、その門をくぐる為だったなら。

次にくぐれるまで、待つのではないだろうか。
あの男なら一年でも百年でもそこで待つ気がする。
待って再び、ウンスの元へ行こうとするのではないだろうか。

けれどそれをお伝えすれば、王様はすぐにでも王陵寺に追手を差し向けるだろう。
一日二日で門が再び開き、ウンスの元へ行けたなら却って良い。
けれどそうとも思えない。

反正以来、王陵寺は新王をお守りし、この世のものならぬ光の射した霊験あらたかな御陵寺として、厳重な守に囲まれている。
もしも再びあの光が射したなら、今頃は宮廷どころか漢陽中の噂になっているだろう。そんな噂は耳に届いていない。
「ソヨン」

ソンジンの居場所の心当たりは告げられない。もうこれ以上、ソンジンの邪魔はしたくない。
押し黙った私の真意を確かめるように、王様が御呼びになる。
「はい、王様」
「禁衛把摠が戻るまで、余の側に居るように」

突然の王様の御言葉に私は唖然として口を半分開いたまま、声すら忘れる。
「王様!」
そんな私の分まで、尚膳令監が大声で叫んで下さった。
「それはなりませぬ。御体が御心配ならば医官長を付けます。
首医女をお側に置いては有らぬ噂が立ちましょう。王后媽媽にも御判断を仰がねば」
「下らぬ事を申すでない、尚膳」

王様は苛々と御手を振ると、突然玉座からお立ちになった。
「側に置くとはそういう意味ではない。そなたは黙っておれ」
「しかし王様」
「ソヨンはついて参れ」

短くそれだけおっしゃると、誰の返事も聞かれぬままに王様は御部屋を横切って、扉へと向かわれる。
そして扉前で一度だけ振り返り、どうして良いか判らずに腰を浮かせかけた私を見て
「早う」
とだけ残し、そのまま御部屋を出てしまわれる。

尚膳令監が仕方がないと渋い御顔で頷かれるのを確かめて、私は慌てて立ち上がり王様の御姿を追った。

 

 

 

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