2016 再開祭 | 閨秀・拾壱

 

 

「・・・旨いですか」
混み合った賑やかな食堂でもよく響く、どんなに低くてもすぐに聞こえる大好きな声。
副隊長と2人で並んで入ってくるあなたに、みんなが頭を下げる。
「隊長」
「副隊長」
「お疲れ様です!」
「お帰りなさい、隊長、副隊長」

その声に顎で頷きながら
「喰ったらすぐに出る」

そう言いながら私のテーブルの向こうに腰掛けるあなたと副隊長の前。
すぐにみんなの手でランチのお皿が用意される。
「・・・医仙、食べて下さい」

食べ始めたあなたは、お箸を止めてあなたを見つめてる私に気付いて不思議そうに首を傾げた。
「はい、隊長」
それでもお箸を動かさない私にあなたがお箸を投げるみたいに置いて、その顔が急に不安そうに曇る。
「体調が」
「あ、ううん。そうじゃないの」

そうじゃなくて考えた。私、あなたとデートしたことないなあって。
一緒にご飯食べるのは逃げてた時ばかり。それって良くないわよね?
「隊長」

テーブル越しにお箸の先を行儀悪く咥えて呼ぶと、あなたが瞳だけで問いかける。
何です?って言ってるその目に、テーブル越しに身を乗り出して
「たまには2人だけでご飯が食べたいです、隊長」

賑やかな食堂の中だし、きっと平気よね?
あなただけに聞こえるようにうーんと小さい声で言ったはずなのに、みんな耳が良いったらない。

副隊長はむせこんで、お湯呑みを取り上げてお茶をごくんと飲んだ。
トクマン君は唖然とした顔で、握っていたお箸をポロリと落とした。
トルベさんは耳まで赤くすると咳払いで私の声をかき消そうとする。
テマン君は言葉に困ったみたいに、私とあなたの顔を見比べてるし。

あなたは最後にはあっと大きな息を吐くと、私に向かって首を振る。
「・・・新入りは未だ、迂達赤の規律が判っていない」

私じゃなく回りのみんなに言い訳するような、あなたにしては珍しいくらいの大きな声で。
そして回りのみんなは反論することもなく、あなたの言葉に黙ってこくこく頷いた。

 

*****

 

「・・・どうする」
「いや、お声を掛けんわけにはいかない」
「だけどトルベ、テマンは留守だぞ。隊長と一緒だ」

二人で並び見上げる吹抜の階上。今日は洗濯日だ。
これを逃がせば医仙はお一人で盥を用意して、秋の冷たい水の中の洗濯物を踏みつける羽目になる。

「せめて確かめるだけでも」
「そうだな。訊かなきゃまるで村八分だ」
「だけど、お部屋まで上がるわけにも」

トルベは意を決したように頷くと、突然そこから上を向き兵舎中に響くような大声で叫び始めた。

「ういそーん!!」

その腹からの大声に、吹抜にいた全員が驚いたように飛び上がる。

「何してるんだ、お前らも呼べ」

医仙の声の返らないのを確かめて、トルベが俺たちに振り向いた。
「う、医仙ー」
「医仙様ー」
「医仙ー」
「声が小さい!良いか、一、二」
トルベの号令に声を合わせ、俺たちは半ば自棄になって叫んだ。

「医仙ー!!」

その合唱がようやく届いたか、隊長の私室の扉が大きな音で開く。
「どうしたの?!誰かケガした?!」

叫びながら慌てた様子で階を駆け下りて来た医仙が、段の中央の辺りで大きく足を踏み外す。

「医仙!!」

ぐらついた足許に、俺達は思わず一斉に叫んだ。

 

 

 

 

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