2016.05.07 貴音～序～さらん

2016 再開祭｜貴音～序・寝屋～

この方が申し訳なさげに首を振り続ける夜。
寝屋の寝台の上。
腕の中のこの方をあやすように、長く柔らかな髪を精一杯ゆっくり撫でる。

「イムジャ」
首を振られるのが辛いのではない。
申し訳なさげな顔を見る事が辛い。
「だって、好きだから、大切だからって思ってるのに」
腕の中の小さな息が詰まる。
寝屋の闇に色を濃くした鳶色の瞳が潤む。

「そんな事はどうでも」
「だけどそれで嫌われたら？」
「イムジャ」
なる訳が無いと知っておろうに、どうしてそう。
それでも言わねば判るまい。
声を伝えようと口を開く前に、この首へ素早く回された、しがみ付くような細い腕に驚く。

「嫌いにならないで」
「なりません」
「ずっと？一生？」
「なりません」
「約束出来る？私がうんと太っても？」
「なりません」
「体形が崩れても？」
「なるわけが」
「本当に？絶対に？」

一体何なのだ。太るだの、崩れるだの。それではまるで。
「まるで、赤子でも出来たような」
「･･････！！」

それまでどうにか続いていた、高い声が止む。
「イムジャ」
この呼び掛けにいつもの明るい声は返らない。

共に押し黙った後の寝屋の薄闇。
枕元の蝋燭の焔が燃やす芯の、焦げる音すら聞き分けられる静寂。

人二人が寝台に横たわるとは思えん。
破るのが怖い程の、圧倒的な無音。
胸の中でこの方が、小さく細く息を吸う。

「･･･やあだ、ヨンア！」

その無音を破る為だけには余りに似つかわしくない賑やかな声。
この方がこんな声を上げる時には、必ず訳がある。

「あんまり突然思ってもみない事言うから！」
「イムジャ」
「だってまだ何も分かんないんだし」
「イムジャ」
「分かったらちゃんと言うけど、今は何も分かんないじゃない」
「ウンスヤ」
「ただそうなった時の心構えを聞いておきたいだけで。あなたが嫌なんだったら嫌われる前にちゃんとダイエットを心掛けないと」

おかしい。此方が訊きもせぬご自身の体の事を、こうも饒舌に。
そしてその中に一言も打ち消す言葉が混じらぬ事も。
違うのなら違う、必ずそうおっしゃる方だ。
それを言わずに判らぬ判らぬと重ねるその物言いは。

「もしかすれば、そうかも知れぬと」
「え？」
「そんな事があるやもと」
「そ、そりゃ、ねえ。だってそういう事も、そりゃいつか」
「あるかも知れぬと」
「ヨンア」
「何処まで御存知ですか」
「え？」
「あと幾日で分かりますか」
「え、えっと･･･」

この方は慌てて、腕の中で指を折り始める。
見ろ。
心当たりが無いなら、違うと判っているなら、そんな事をする筈も無い。

折られていく細い白い指を、薄闇の中に追う。
掌一つを数え終え、拳の形に握り締め、もうひとつの掌の指がそれでもまだ折られていく。

愛おしいこの方を見るには、今の己の眸は鋭すぎるかもしれん。
ただ折られたその両手の指から、どうしても眸が離せない。
「でもね、それだけじゃなくて･･･人間だから多少の狂いというか、誤差はどうしてもあって」
「どういう事ですか」
「あのね･･･本当なら、もう来てるべきものが･･･」

その小さな拳と、そしてもう片方の四本の指を見詰める。

「･･･九日」
「ううん」
そう振られた首に、寝台の上で思わず眸を眇める。

「19日、遅れてるの」

首を振っているのにはそうした障りもあるのかと、確かめもせず余りに簡単に思っていた。
少なくとも縁側で触れ続け、其処におかしな熱があるわけでもなく。
恐ろしい冷たさがあるわけでもなく、いつもの柔らかさと温かさがあることに安堵して。

ただ縁側で膝に抱き、寝屋で腕に抱けば満足だった。
それ以上の事はこの方が望んだ時にと。
今までのそんな己の暢気さに腹が立つ。
十と九日。突き付けられたその刻に太い息が漏れる。

思わず固く握った拳を寝台に叩きつけそうになるのを堪え、唇を強く噛み締める。
女人にとって月の物が十と九日遅れるのは、普通なのか違うのか。
どうなのだ、今誰に尋ねれば正しい答えが返るのだ。
すぐに確かめられるのはコムだけだ。だからと言ってこの夜更。
離れに駆けて行き扉を蹴破り、コムを叩き起こしていきなり聞くわけにもいかん。

「侍医は」
「まだ何も言ってない」
「･･･イムジャ！」

思わず低い唸りが漏れた咽喉を、慌ててどうにか抑えつける。
此処で怒鳴ったところで始まらん。
この方はこの方なりの考えで黙っていらした筈だ。

「あのね、まずヨンアに言わなきゃって思って。でも、どうやって切り出せばいいかも分からなくて。
だって違うかもしれないでしょ？そしたらあなたをがっかりさせる。それは絶対に嫌だったの。
それで日が経っちゃって、でも」
「･･･明日」
ようやく絞り出した声に、この方の言い訳声が止まる。
「必ず典医寺に。共に」

今この眸の前がこれ程暗いのは、寝屋の薄闇の所為ではない。
長過ぎる今宵、この一晩の過ごし方が判らんからだ。

26 件のコメント

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あら、19日も経っていた…
でも自分でも確信も持てないことを迂闊に伝えられないですよね～
ヨンはただでさえ心配性だからお腹に子がいると分かったらそれこそ役目も休んでずっと横で護ってそう( ´艸｀)
侍医に診てもらって確定もらえたらヨンはどんな反応かしら◡̈♥︎ 嬉しいのは勿論だけどそれ以上に心配して責任感が芽生えそう。
今から楽しみです(灬º Д º灬)照…♡

26 件のコメント

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