捕縛を知らせるその音に、兵舎が喜びの声に沸き返る。しかし暢気に喜ぶには早い。
一早く駆け付けた国境隊長と副隊長は入口扉の脇で昏倒する国境隊の鎧姿の男に目を止め、戸惑うように俺を見つめる。
「松明を持って来い」
「は、はい大護軍!」
斬った男の横に屈み様子を確かめた兵長が、廊下の松明立てから松明を抜くと運んで来る。
それを受け取り、半ば床に伏せていた顔を仰向かせて兵長に眸で問い掛ける。
兵長は半ば安堵、半ば茫然とした表情で首を横に振る。
「違います。国境隊ではありません。しかしあんな暗い中で顔も判らず、何故俺達ではないと・・・」
「委細は後だ。この鎧を奪われた奴がいる。急いでそいつを探せ」
「は、はい!」
兵長は慌てて頷くと鎧の印を確かめ
「弓一隊のウンソプだ!全員、裏庭を探せ!急げ!!」
未だに廊下を守ったままの兵に大声を掛けると、全員が大きく頷き返し廊下を駆けて行く。
騒がれぬように斬ったか、それとも殴って昏倒させただけか。
斬っていたならこの男が起きた瞬間に殺してやる。
何れにしてもこの寒さで鎧を奪われていれば、遅かれ早かれその兵の命もない。
「カイは」
床へ屈んだままのあの方へ声を掛けると、先刻纏めたばかりの薄桃の包の中の治療道具を探しながら俺を見上げる。
その瞳が微笑んでいるのを認め、大事では無いと胸を撫で下ろす。
少なくともこの方がカイの所為でご自身を責める事はないだろう。
「うん。あなたなら縫わなくて良い、って言うくらいの傷よ。刃先をまともに受けないように反射的に避けた?偉い偉い、カイくん!」
包の中の小瓶に端切れを浸し、濡れた音を立ててその傷口を拭きながら医官の顔でこの方が笑う。
怪我人を安堵させようとする心遣いは、当の本人には伝わらんらしい。
カイはこの方に向け、露骨に眉根を寄せて唇を下げ拗ねてみせる。
「偉いって、子供みたいに・・・これで掠り傷?すげえぇ痛いんだけど」
そんな顔をすればこの方が不安になる。こいつは何も判っておらん。
男ならば好いた女の前では意地でも笑え、例え片手片足失くしても。
床に伸びたままのこの男にそう一喝し、蹴り飛ばしてやりたくなる。
「また斬られたのか」
委細を知らぬ国境隊長らは呆れたように、床に蹲るカイを眺めた。
しかしあの時カイが咄嗟に動かねば、刃はこの方に向いていたかもしれん。
男で、まして武芸の遣い手だ。この方を獲るよりは難儀だったろう。
そしてこの方が無事で居る限り、余程の深手でなくば治して頂ける。
「また、って・・・俺も好きで斬られてるわけじゃないし」
「それだけ無駄口が叩ければ、問題もないようだしな」
国境隊長の口調に顔を顰め、カイは懇願するような目で俺のこの方をじっと見つめる。
「痛いよウンスさん、優しくして。名誉の負傷でしょ」
「治療が痛いのは当然よ。甘えないで」
カイとこの方の遣り取りに再び周囲の男らが色めき立つ。
こ奴も何故こう毎回、同じような挑発を繰り返すのか。
それが周囲の者の神経を逆撫ですると、判らぬ阿呆でもあるまいに。
それでも今は事の始末が先だと、この方の手当ての指先に擦り寄って行きそうな若い男を黙殺する。
「大護軍、刺客は」
前歯を数本失くし血泡を吹いた口に苦労して轡を咬ませたチュンソクが男の鎧を脱がせ、一人目同様後ろ手に縛り上げ引摺り起こす。
「別々に牢へぶち込んでおけ」
「はい!」
控えていた副兵長と他の兵が数人、チュンソクの縛り上げた刺客を連れ廊下を歩いて行く。
「兵長、ウンソプが見つかりました!」
裏庭からの報せの声に、兵長が安堵の表情で俺を振り向く。
「それって、鎧を盗まれた人?」
床からの声に頷くと、あなたは息を吐きカイの傷に練薬を塗った布を当て、上から素早く包帯を巻いて行く。
「うーん、久々に千客万来ね。凍傷も外傷も心配だしすぐ連れて来て?それからお湯、少し熱めのお風呂を沸かして下さい。
カイくんは少しだけ、このまま待ってて」
そして蝋燭の揺れる卓の許、俺の手を優しく引いて近寄らせる。
「あなたは怪我はしてないわよね?」
尋ねつつ俺の頭の先から爪先までをその瞳が確かめ、指が行き来する。
「はい」
頬に触れ、脈を取り、最後にこの方が笑んだ時。
庭から兵らが鎧を奪われた下衣姿の男を抱えるように運び込む。
どれ程の傷かとひやりとし、この方も同時に奴を見る。
しかし傷からの血で下衣の襟元を汚してはいるが、奴は自力で歩いて部屋へ入る。
そして俺を見ると律儀に頭を下げて、痛みと悔しさで顔を歪めた。

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カイくん 大したことなくてよかった。
怪我すると 甘えたくなるけど
ウンスにまで…
なにせ 一番大事なのは ヨンだからね
あきらめて カイくん。
ヨンも無事で 何より
ウンスしばし忙しい ( •̀ᄇ• ́)ﻭ✧