2016再開祭 | 秋茜・弐

 

 

「おお、二人とも来たか」

頭を下げて入った部屋の正面、王座から声が掛かる。
王は文机の前に腰を下ろし、満足そうな笑顔を浮かべた。
そして部屋の入り口に控える内官と女官らに言う。
「表へ出ておれ」

人払いに全員が一礼し、音もなく部屋を後にする。
一人残らず部屋を出るのを確かめてから、改めて俺達へ向き直ると
「余が呼び出さねば顔も見せぬとは、なんと不忠な把摠である事か。そう思わぬか、ソヨン」

何処まで冗談か、王は笑顔のまま俺の横の女に気楽に声を掛ける。
その手の冗談の通じぬ女は、王の声に途端に顔色を変えた。
「ちょ、王様。ソ・・・いえ、把摠殿は、決してそのような」
「冗談だ、冗談。そなたは生真面目過ぎるな」

王は大きな声で笑いながら、上機嫌で玉座の前を掌で示す。
「座るが良い」
「王様」
そこへ直り、目前の王へ改めて頭を下げる。
「お久しゅうございます」
「大監より聞き及んでおる、ソンジン。禁衛で余の衛の新案を立ててくれておるそうな」
「は」

守りが手薄過ぎるのだ。反正を経て王位を継がれたというのに。
反正で得た地位故に、周囲にはそれを快く思わぬ者も多いだろう。
元王が如何に暗君暴王とはいえ、その恩恵に与っていた側近もいた。
元王の戚臣の首を刎ね皇子を処刑し皇女を奴婢に落とそうと、一人残らず殲滅するのは無理だ。

そして二つ目の敵は王御自身の側近。
古狸パク・ウォンジョンを始めとした反正の立役者も油断はならん。
まだ年若過ぎる、顎髭も蓄えぬ若き王。
はたちも迎えぬ御歳では、あの海千山千の爺らに良いように扱われる可能性がある。
何しろ奴らには名目がある。宮廷外に半ば幽閉の身だった晋城大君媽媽を王座へ祀り上げたと。

最後に宮廷に入って知った第三の敵。
南の三浦、そして北方の女直。
新王を迎え決して安定したと言い難い今の朝鮮を、どちらも虎視眈々と狙っている。
俺が敵ならこの機に乗じ、揺れている間に一気に攻め落とすだろう。
だが周囲の兵らは危機感も感じ取らずに、今までの生温い鍛錬をのんべんだらりと繰り返す。

許されるならぶん殴って怒鳴りたい。お前ら死ぬぞ、若しくは王が。
そんな事を考え問い掛けに短く頷き無言で控える俺に向けて、王は駄々を捏ねるよう言い募る。
「余の側に戻って来てくれぬか。禁衛把摠であれば内禁衛副護軍と同位だ。宮中に戻ろうと何の不都合もなかろう」
「俺だけを頼ってはなりません。王様」

所詮は余所者。ここは俺の国ではない。
愛した家族もいない。助けてくれた劉先生も、そして唯一人。

御前で取り乱すわけにいかない。
深く息を整えた俺に気付いたのは玉座に座る王ではなく、横に並んで控えた女。
同じように王に向け頭を下げたまま、そこから黒い目が確かめる。

大丈夫?

その視線を目の端に感じながら、俺はただ床を凝視する。
いつまでも顔を上げぬ俺に腹を立てたか、王は玉座の肘掛を掴む。
その若い手の甲に、怒りのままに浮き出る筋。
「ソンジン」
「は」
「余は王である」
「は」
「勅命でいつでもそなたを呼び戻す事が出来るのだぞ」
「俺のような者の為に御力を使ってはなりません」
「ならばそなたが素直に折れれば良いであろう!」

王は短気だ。若さゆえか、血筋なのか。
「そなたが守り通してくれたから、そしてソヨンが庇ったからこそ、余はこの座に戻れたのだ!」
握るだけでは飽き足らんか。王は次に力任せにその肘掛を叩く。
これしきで怒りを爆発させるようでは、あのパク・ウォンジョンへの対抗など到底無理だろう。

「何故そう頑固なのだ。何故判らんのだ。余は今こそそなたが必要だというのに。安心して眠れん。周囲に信用出来る者などおらん!」
「その為に医官がおります」
「だからと言って余の体をソヨンが診られるわけではない!法度は知っておろう、王の体を診られるのは侍医のみだ。
それ以外の者はたとえ男の医官でも、脈診すら許されぬ」

癇癪を起こした王を前に、女が狼狽えるように初めて目を上げる。
しかし王に声を掛け、宥める事が出来るでもない。
そもそも宮中法度。王から声を掛けられた時以外、己から声を掛ける事が不敬なのだ。

「何故こうも不便なのだ、何故話したい者らと腹を割って話す事も許されぬのだ!
これでは嫌気がさして当然だ。兄上の、燕山君の気持ちも」
「王様」

気楽に話したい気持ちはよく判る。あの宮外での日々を懐かしむのも。
しかし人払いをしたからといって、口に出して許される言葉と許されぬ言葉がある。
若い王の口から洩れた許されざる名を聞き咎める俺に嘆息を漏らすと
「・・・判っておる。判っておるのだ。だから側にいてくれ。そなたでなくば、こうして止めてくれない。誰もいない」

輝く赤絹の龍袍を纏う若き王の真情の、何と淋しく孤独な事か。
その声の北風のような寒々しさに、俺も女も言葉を失くす。

 

 

 

 

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