2016 再開祭 | 想乃儘・陸

 

 

西空を染める夕陽がこれ程待ち遠しかったのも久方振りだ。
歩哨の交替の法螺の響く兵舎私室から扉を出た俺を認めた奴らの目が、吹抜から一斉に上階に向く。
視線の中で階を降りると、待っていたチュンソクが頭を下げる。

「お疲れさまでした、大護軍」
頷いて吹抜を出る背に、他の奴らも一斉に笑って頭を下げた。
「お疲れさまでした!」
「お気をつけて、大護軍!」

何処に向かうか、こいつらにはとうに露見しているのだろう。
見え透いた言い訳など探すだけ無駄だ。
黙って頷いて俺より嬉し気な声に見送られ、吹抜を出で夕陽の中を足早に歩き出す。

心は弾む。足は急ぐ。頭が答を出す前に何処へ行くべきかが判っている。
門前でなく、あの方を走らせるのでなく、こうして己が出向いて行ける。

毎夕逢っていても。毎夜抱き締めていても。
それでも一日に幾度でも再会する為に。その嬉しさを味わう為に。
早く逢いたい。もう一度逢って伝えたい。
逢いたかったと。出逢う度に想いが募ると。

理由でも理屈でもない。役目と重々承知でも、離れる度に淋しいと。
出来ればあなたをこの身に縫い付け、何処に行くにも共に居たいと。

その正直な己の声に抗うように、足許の雪を踏み締め歩を止める。
痩せても枯れても迂達赤大護軍、典医寺の庭を走る姿を見咎められれば、格好の噂の的になる。
久々に迎えに行く愛おしいあの方へ向かい、一心不乱に駈けていたなど。

春に急かされた。 そんな風流な名分が通用するとも思えない。

それなのに夕陽が伸ばす影が追い付かぬ程の速さで、足が勝手に走り出す。
雪を蹴立てて走る俺の勢いに、前から来る歩哨の禁軍が慌てて道を開けた。

 

*****

 

この薬園に踏み込むのもあれ以来初めてか。
想いの儘に咲いていた梅は白の花弁を落とし、今は普通の紅梅と殆ど違いが判らない。
その薬園の何処かから、春の草花の息吹を感じる。

何の花なのかは判らない。
ただ夕刻の冷えた風の中に、その景色を照らす真朱の夕陽の中に確かに春の香がする。
庭の中を導かれるようにあの方の部屋へと真直ぐ進み、その香の中で深く息を整える。
吐く息は白く煙る。
それでも鼻先を掠めるその息は、冬の最中の凍てつくようなものとは違う。

眸に映る全てが教えている。
庭隅の立ち枯れた薬草、裸枝に細く載る雪、足許に未だ深々と残る硬く凍った根雪までが。
謳うように。歓ぶように。
春がやって来る。もうすぐ其処まで来ていると。

そして見えたあの方の私室の棟、続く木の回廊の階を降り切る前に扉が大きな音で開く。
あの方が温かい部屋内から雪の残る庭へ駆け出ながら
「ああ、久し振り!!来てくれた」

そう叫んで、面喰らうこの腕の中へ飛び込んで来た。
細い指が辿る道筋を知る肌はもう温かさを待ち焦がれている。
いつもそうだ。心も体も知っている。大切なものが何なのか。
頑迷な頭や意固地で足りぬ声より、ずっと正直に教えている。

だから素直に腕の中の小さな体を抱き締める。
腕を回すその刹那、周囲に他人の目が無い事だけは確かめて。
「只今戻りました」

亜麻色の柔らかな髪の中に呟くと、この方の腕が一層きつくこの体を抱き締め返す。
「変なの。家でいつも抱き締めてもらってるのに、こうやって逢えるとすごく安心する」
すんなりした鼻先を胸に擦り寄せながら、その髪に隠れて声がする。
「はい」

この方もそして俺も知っている。そして幾度も幾度も確かめる。
きっと互いにこの命が尽きるまで。そして互いに尽きた後にも。
愛している、愛していると伝えながら、先に足が、腕が、心が走る。
そして行き着いた先の温かさに感謝しながら愛しい人を抱き締める。
こうして今日もまた逢えたことに、心の底から喜びながら。

久し振りに並んで薬園を抜け、典医寺の門へと向かう道すがら。
足を止めあの梅の木を見上げた俺に気付いた横のこの方の瞳も、一拍遅れて枝を確かめる。

「白梅は散っちゃったでしょ」
「はい」
「あの時二人で見られて今年はラッキーだった。来年は咲いたらすぐ教えるわね。一緒に見ましょ」
「はい」
「思いのままに咲かない梅だから、来年どんな配色になるのかはまだ分らないけどねー」

あなたの声に驚いて、その枝に残る梅花からこの方へ眸を戻す。
「・・・イムジャ」
「え、なあに?」

急に真剣さを帯びた声に瞳を見開いて、この方の視線も俺へと戻る。
「想いの儘に咲くからではないのですか」

紅白想いの儘に咲くから、想いの儘という名なのだとばかり。
その勝手な思い込みは、いとも易く振られた首で打ち消される。
「違うんだって。全然こっちの思いのままに咲いてくれないから、思いのままに咲いてほしいなーって、そう呼ばれてるんですってよ」

梅までもか。物事が想いの儘にならぬのは。
妙な親近感を覚えつつ、未だ半ば凍てつく硬い幹を撫でる。

あなたは不思議そうな顔をしたまま、幹を撫でるこの掌を見た。

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    今でも 変わらず
    ウンスのもとに走り
    会いたいのよね~
    ウンスも 同じく 
    ヨンに向かって 飛び込んでくる~
    安心するなんて それもまた嬉しいわ~
    思いの儘 違い…(笑)
    ウンスのような 梅の花

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    ヨン、良かったですねぇ。
    やっと、ウンスを、典医寺に迎えに行ける…
    私まで、兵舎から典医寺に向かう道をドキドキしながら歩いている気持ちにさせられましたよ。
    ウンスは、ヨンの描いていた通りに、ヨンを待っていてくれた。
    想いの儘…の梅の花…
    今までのヨンの気持ちと同じだったのですね。
    こちらが想っているように咲いてくれない梅…
    ヨンが想っているように、ウンスと逢えず、ウンスの仕事の様子さえ知ることができない…
    なかなか逢えず辛かった分、ウンスをしっかり抱きしめてくださいね。

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    さらん様
    こんばんは。
    もう、こちらまで赤面しそうな程にあまあまな二人(//∇//)
    お迎え解禁になったら、脱兎の如く走るヨン。
    でも一応、まわりは気にしてるんですね(笑)
    抱き締める時も気にするんですね(笑)
    早く、誰の目にも触れないお屋敷に帰りましょ。
    まだ寒いから手も繋げます。
    帰ったら思う存分、お好きなだけどうぞ(笑)
    それにしても・・・自分に縫い付けたいなんて。
    お互いの役目で離れるだけでも、再会が嬉しいなんて(≧∇≦)
    あまあまです。極あまです。でも好きです、こんなあまあまな二人が。
    ヨンが慌てて、でもまわりを気にしながら走って行く姿や、抱き締める前にまわりをチラッと確認する姿を想像して笑っちゃいました。

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    さらんさんこんにちは。
    いやはや
    ヨンからウンスへ
    想いが心がそのまま
    ラブレターみたい(///∇///)
    キャ~
    ウンスになりたい!(≧▽≦)←ナレマセン
    照れて鼻血はでてます!(* ̄∇ ̄*)ステキ
    このお話はとくに一人でニマニマして
    読んでるので怪しい人になってます。
    想いのままにならないから
    想いのままにならないかなぁ~の
    2色の梅の木。なるほど~
    ヨンの心を見透かしてるのか?
    それともウンスか?
    続きが楽しみです。

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