2016 再開祭 | 海秋沙・中篇

 

 

的面を掌で一頻り撫でる。
藁筒を横にぶった切っただけのそれに特に仕掛けはなさそうだ。
其処から弓場へと距離を測りつつ戻る。 歩幅にして大股で三歩。
十尺。馬鹿にしているのか。

これで一矢でも外すような腕前なら、俺は今頃此処にはいない。
戦場で疾うに死んでいただろう。
第一この距離で外すような生き恥を晒すなら皇宮に舞い戻り、王様に迂達赤大護軍の返上を願い出る。

詰まらぬ挑発に乗った。
主に上段に構えられ、せめてもう少し手応えがあるか、若しくは何かの仕掛けのある矢場と踏んだが。
何の事はない、小金持ちの商人や貴族相手に小銭を稼ぐ、当たり障りないただの楊弓場だった。
内心溜息を吐きながら戻る耳に、あなたの声が響いた。

「うっわーーー、ちっちゃい!!」

確かに迂達赤の弓しかご存じなくば、さぞ小さく見えるだろう。
三尺足らずの弓と九寸足らずの矢を前に、この方は指先で恐る恐る触れた。

楊弓は赤子の玩具のようで、少し力を籠めればぼきりと折れてしまいそうな代物だった。
俺も触れるのは、叔母上が削った物を譲られた餓鬼の頃以来だ。
迂達赤の弓の大きさに慣れた今の己の図体からすれば、力加減が肝になる。

まずは弓場の台に乗った弓を手に取る。
振っても、そして弦の張り方を指先で確かめても、一先ず怪しいところはない。
次に矢を取り伸ばした人差し指と中指、二本の上に乗せてみる。
揺らしてみても特に不安定なわけでもない。
潰した鏃を指先で確かめても、藁的を射抜く程度の尖りはある。
「・・・ねえ、ヨンア?」

的前に立とうとした上衣の袖を三度引き、この方が不安そうに声を落とした。
「大丈夫そう?」
「ええ」
この方は的前の俺の横から、先刻軽口を叩いた男をじっと見た。

「悔しかったのよ。あなたにあんなこと言うなんて」
「はい」
よく判っている。昨日もそして今日も。この方は絶対に俺の味方でいて下さる。
たとえこの世の全員が敵に回ったとしても。

「だから売り言葉に買い言葉だったんだけど・・・こんな、ほんとにオモチャみたいな矢だなんて」
「ご心配なく」
そして俺が今為すべきは、この方を落胆させぬ事。
さて、では軽く絹でも貰って来るか。
但しこの方に似合わぬ色なら、どれ程上品でも容赦せん。

最後に男を一瞥して、俺は的前に進み出た。

 

*****

 

「あなただから、絶対出来ると思ってた!」
通りに響く嬉しそうな大声に、道行く民が振り返る。
周囲の怪訝な視線など物ともせずにチュホンの鞍横の絹三反を確め、跳ねながら言い募る声。

「すごい上品だけは嘘じゃなかったのね。あの時の男の真青な顔、胸がスカッとしちゃった!」
余程嬉しかったのか。
興奮冷めやらぬこの方は馬の手綱を握り締め、此方の顔を見上げて笑んでいる。
・・・まあ良い。この方が笑っているならそれだけで。

「ねえねえ、あれってルールなの?何で2回打ったら」
「射ったら」
「ああ、そうそう、弓だからね?」
「はい」
俺の訂正に頷くと、この方は言葉を改めた。
「何で2回、射ったら、ルールが変わったの?」
「・・・さあ」

 

渡されたのは五矢。
主の男は的を指差し、俺の横で揶揄うように含み笑いで言った。
「外す奴が殆どだからね。恥ずかしい事はないさ、兄さん」

その言葉が終わらぬうちに、指した先の的へ構えた甲矢を射る。
矢は鈍い音を立て、的の真中の正鵠を射抜く。
「・・・なかなかのう」
「早く抜け」

皆まで言わせず被せた声に、控えていた矢場女が慌てて的前に走り、中央に刺さる矢を抜いた。
抜いた矢場女が的前を退いた次の刹那、乙矢を放つ。

見なくとも判る。恐らく先の甲矢で開けた正鵠の中央矢跡から一寸とずれてはおるまい。
それが証拠に的に刺さる鏃の音が、甲矢の時より軽い。
既に甲矢が射抜いた、その同じ処に刺さったからだ。

「二的の景品は何だ」

一的で酒一桶なら、もう少しましな物が出るのか。
俺の低い問いには答えぬまま主は硬い顔に作り笑いを浮かべ
「・・・うん、うん。まぐれとはいえ、大したもんだ」
とだけ言った。

景品が目的なわけではない。それ以上の深追いはせずにおく。
偶然である訳がなかろう。お前の目は節穴か。
一体何年この商売をしている。それとも所詮町の楊弓場では、客の腕がその程度なのか。

「三矢目からは的が変わるよ、兄さん」
主の男は顔色を変え、額に汗を浮かべて的横の矢場女に手を上げる。
女は主の動きを見て、先刻の的の上に扇を広げて立てた。

「あれを射るんだ。落とすんじゃなく、射抜かないと無」
主の声の途中、鼻で嗤って三矢目を射る。

扇の真中に矢が刺さり、その重みで的上からはらりと落ちた。

主にも面目があるのだろう。
今や完全に青筋を立てた額で口角泡を飛ばすように
「次の的はあれだ」
その声に矢場女は的の上、先刻扇を立てた処に花的を上げた。

紅白梅、牡丹、そして鹿をあしらった紅葉の絵の三つの花的。
それぞれの的の直径は三寸程か。主は花的を満足そうに眺めて言った。
「秋だからね、紅葉の的を射抜いてもらおう」

確かに先刻の扇とは比べ物にならぬ程に小さい。
しかしこの距離で外すなど考えられん。
俺は力みなく弓を構え、四矢目を放つ。

矢は紅葉の花的の紙を破く事もなく、中央を射抜いた。

今迄珍しく口を閉ざしたままだった俺の横、この方が息を呑む音が、矢音と共に矢場に響いた。
「最後の的は」

その声に冷汗を浮かべた主が睨みを返す。
此処まで来れば意地なのだろう。
的の上、先刻は扇や花的を立てた処に矢場女が柚子を一つ刺す。

「射抜けば絹三反だな」
「ああそうだ。その代わり外したら、今までの景品は無しだ」
「・・・ほう」
「ちょっと!」

主の声にこの方が怒鳴り返す。
「一回当たったらお酒なんでしょ?何で今までの当たりがノーカウントに」
「イムジャ」

そんな事だろうと思った。
矢にも弓にも的にも仕掛けがないだけで良心的と褒めてやっても良い程だ。
小さく息を吐き出し、弓を構える。

今迄と何ら変わらぬ動作で射った矢は真直ぐ飛び、矢場には柚子から溢れた芳香が漂った。

 

 

 

 

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