2016 再開祭 | 気魂合競・廿参

 

 

大護軍とほぼ同じヒド殿の身の丈、体つきを目で測る。
幾度か顔を合わせる機会はあったが、こうして組合うとは思っていなかった分、初めて相対する男のように冷静に。

腕の長さ、足の長さ、届く範囲は大護軍とほぼ同じだろう。
体の重みも同じ程度なら、担ぎ上げて投げるのは厳しい。
妥当に足元を攻め、その重みを利用して態勢を崩し上に乗るか。それとも。

そう考え様子を見ながら地面に白い砂埃を立てて擦り足で前に出、組み合う為に腕を伸ばした瞬間。

ヒド殿の黒装束が翻った。

次に気付いた時、さっきまでそこに居たはずの姿は消え、瞬いた俺の体は宙に浮いていた。
ヒド殿は真後ろに居た。

前を攻める事ばかりに気を取られた俺を脇に避けながら往なすとこの背後へ回り込み、そのまま落とした腰に腕を回して俺の背を伸ばす。

背後に回られ腰を伸ばされてしまえば、一番の得手である足腰の踏ん張りは利かない。
ヒド殿は背後から俺を抱いたまま自身の腰を撓らせ、逆海老のような態勢を取る。
そのまま自身の後頭部だけを支えのように地面に付けて、抱えた俺を後ろへ投げる。

俺は腕を回された腰を中心に体を二つに折った状態で、なす術もなく宙を舞い、背中を土にべたりと付けた。

「決まり!」

審判の大声と周囲からのどよめくような歓声が一斉に沸き上がる。
体を二つに折ったまま地面から青空を見上げた俺は、それを遠いもののよう聞いていた。

 

観客からの大歓声の中、キョンヒ様の組んだお祈りの手がぱたりと落ちる。
それを見た私は驚かせないようにその手を握って、そっと叩く。
「キョンヒ様」

私の声にキョンヒ様は泣き笑いで、何度もこくこく頷いた。
「ケガはないみたいです。大丈夫ですよ」
立ったままのヒドさんの横、チュンソク隊長は苦笑を浮かべながら地面から素早く起き上がる。
その身のこなしに異常は見られない。

格闘技系には全然詳しくないけど。
ブリッジの態勢でチュンソク隊長を投げたヒドさんも、投げられたチュンソク隊長も、普段から相当鍛えてるんだろうし。

最後にお互いにもう一度向き合って小さく頭を下げると、 その後ヒドさんだけがあなたの脇まで行って、横の椅子に黙って座る。
チュンソク隊長は着物の土埃をパタパタ叩いてから私たちの前に戻って来ると、今度は私たち全員に小さく頭を下げた。
「負けました」

後悔のかけらもない清々しい口調に、私たちの方がどんな顔をしていいのか分からない。
キョンヒ様はチュンソク隊長を見上げてまっ先に
「どこも痛くないか」
と、まだ汚れたチュンソク隊長の袖口を両手で握った。

チュンソク隊長はそんなキョンヒ様を安心させるように頷くと
「派手に投げられたように見えますが、あの技で辛いのはヒド殿の方です。
ご自身と俺と、二人分の体の重みが全てヒド殿の腰と首に掛かるので」
冷製な声に叔母様とタウンさんが頷き返した。

「チュンソクも頑張った」
そう言いながら、キョンヒ様の小さな手が袖口の汚れをそっと叩く。
「一番格好良い。一番素敵だ。私の婚約者は、開京で一番強いな」
「ありがとうございます」
「どちらも怪我がなくて、本当に良かった」
「はい、キョンヒ様」
「じゃあ」

キョンヒ様は気を取り直すように明るい声でおっしゃると、並んでお2人を見守る私たちを振り向いた。
「チュンソクに、何か軽食を取って頂いて良いですか。このところ禄に夕餉をお取りでなかったので」
その口調がいつもよりも丁寧なのは、年長の叔母様やタウンさんに礼を尽くしておられるからだろう。
その後でハッとしたみたいにチュンソク隊長の袖口から慌てて手を外す仕草が、とても可愛い。

チュンソク隊長はそんなキョンヒ様のご様子を、宝物を見るような目で見守った後に
「キョンヒ様、それは後で。自分もここで大護軍や、他の迂達赤の取組を確かめたいのですが」
って優しく諭す。

キョンヒ様は素直に困ったような顔をされた後、背伸びするように周囲を見回して、何を思いついたかぱっと目を輝かせた。
「判った。チュンソクはここにいて。ハナ」
「はい、キョンヒさま」
「ちょっとだけ、一緒に来てくれるか」
「え」

私越しに反対側のハナさんに手を伸ばすと、キョンヒ様はおねだりするみたいにそれを引っ張って揺らす。
「すぐだから。すぐそこだから」
「え、ええ、もちろんハナは構いませんが・・・」
「じゃあ行こう!」

元気におっしゃるとキョンヒ様は残るみんなにぴょこんと頭を下げる。
そして止める間もなくハナさんの手をつないで、コムさんが急いで作った人垣の中の道を抜けて行った。

「チュンソク隊長、トクマン君の出番は?まだ先?」
その後ろ姿が見えなくなって、私はチュンソク隊長に確かめる。
ハナさんにとって一番大切なのはキョンヒ様なのはよく分かる。
でもハナさんがいないと、トクマン君がやる気なくしちゃうかも。
「ええ。まだ先です。次はアン・ジェ護軍が」

尋ねた私に頷きながら、チュンソク隊長は会場の真ん中を見た。
そこには皇宮で何度か顔を見たことのある禁軍さんと、そして見たことのない皮ベスト、皮ブーツの男性が上がって来るところだった。
「あの男です」

私たちの後で人波に押されないように守ってくれてるコムさんが、チュンソク隊長たちに小さく言った。
チュンソク隊長はその声に改めてその皮ベストの男性の顔をじっと確かめてから、そのままあなたの方を見た。

ヒドさんと並んだあなたはチュンソク隊長の視線に気付くと、頭を小さく傾けて、隣のヒドさんの耳元に口を近づけると何かを言ったようだった。
ヒドさんは逆にあなたの口に耳を近づけるみたいに頭を傾けた後、頷きながら腕を組みアゴを上げると、禁軍さんと皮ベストの男性を半目で見た。
そしてこっち側ではチュンソク隊長を始め、コムさんも、気づいたテマンも叔母様もタウンさんも、みんな表情を改めてその皮ベストさんをじっと見ている。

私だったらこんな、いかにも只者じゃないオーラを振りまいてる強そうな人たち見られながら試合するなんて、 絶対イヤだわ。
想像しただけで心臓に悪そう。
私はベストさんに少しばかり同情しながら、彼じゃなくみんなの様子をじっと見ていた。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    チュンソク隊長。
    潔いですね!カッコいいです(^^)
    虎に睨まれた皮ベストさんに
    私も同情してしまいます(^^;
    でも…勝たないでね(笑)

  • SECRET: 0
    PASS:
    ヒドさんの…勝利…
    チュンソクさんも、自身が負けても後腐れなし。
    互いの技や力量を分かっているから、勝っても負けても、気分は爽やかみたい。
    そんな男二人…、いいなあ。
    さて、次もねぇ…
    大変そう。

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