2016再開祭 | 竹秋・拾弐

 

 

「・・・何だ、それは」

広場に戻った俺の手に下げる小さな掌から奪った鍋と笊に眼を向け、呆れたように吐き捨てるヒド。
呆れていられるのも今のうちだと肚裡で笑む。

すぐに判った。あの方が抱えた笊を奪い取った時の磯の香。
あの朧月夜の手裏房の酒楼で、判りましたとおっしゃった意味。
この方らしい。
甘えられる処になら何処にでも誰にでも素直に甘え、そしてどうあっても御自身の本懐を為遂げる。
「ヒド」

無言で先を促す眼に頷き、俺は広場の真中を顎で指す。
「火を熾そう」
珍しく文句も言わずに腰を上げ、ヒドは手近の大きめの石を一つ抱え上げた。

鮑がないのが残念だ。あればもっとあの頃の焚火を思い出せたのに。
ヒドが磯の香を嗅ぎつけぬよう笊を横のあなたに渡し、奴を手伝う為俺も石を抱える。
「あ、何だよ、何してんだよヒョンも旦那も」
「俺達もやらせろよ!」

煩い二人が戻って来るなり、此方へ声を掛ける。
「ヨンア」

奴らの叫び声に紛れ、並んで石の竈を組み立てるヒドが低く言った。
「此処は俺が積む。筍を掘って来い」
「・・・一緒に行こう」

俺の声に咽喉で笑うと、黒染衣の首が振られる。
「筍はお前に任せる。名人だからな」
「よく憶えてるな」

それで良いのだろう。忘れない。俺もヒドも。
ただ出来るなら其処に立ち止まるだけではなく、少しでも前に進んで行きたい。
あの時共に焚火を囲んだ家族を忘れる訳ではなくて、増えた家族を慈しみたい。
出来るならヒド、お前と共に。

だってお前は、家族を亡くした俺の最初の家族になってくれた。
叔母上以外では誰より旧く長い付き合いの、大切な俺のヒョンだ。
俺は言わない。お前も言わない。だけど互いにそう思ってるだろ。
判ってるから今も黙って、そうやって石を積んでくれてるんだろ。

「行こう、付き合え」
「兄に向かってそんな頼み方があるか」

積み上げた石の簡素な竈の中に、気を利かせ先回りしたテマンが拾って来た薪を組んで火を起こす。
火が完全に上がったところで、あの方の運んだ鉄鍋を上に据える。
「あ、焚火がついたのね?」

上がった煙にすぐに気付き、笊を抱えたあの方がトギと並んで焚火の傍へ寄って来る。
「ところで」
鍋が火の上に据わったのを確かめて、あなたは俺を仰ぎ見た。
「今日のメインがないと、困っちゃうんだけど」
「めいん」
「うん。私、これしか持って来てない」

あなたはそう言って、背負っていた薄桃色の荷を解いた。
天界の道具だと思っていた中身は、しかし全く違っていた。
春の陽の下、開いた包みの中は、杓文字やら匙やら箸やら椀。
他には味噌やら塩やら胡麻やら、明らかに食器と調味料だけだ。
「イムジャ」
「うん?」

医術道具など一つも入っていない荷を確かめて呼ぶと、この方は俺を見上げたままで嬉しそうに頷いた。
「めいんとは」
「タケノコに決まってるじゃない!」
周囲を取り囲む、先刻よりも緑を薄くした竹林を指して
「取りに行こう、初めてだから掘り方が分からないの。付き合って?
調理にも時間がかかるかも。初めてだから自信がないし」

初めて尽くしか。俺の方がまだ上手く作れそうだと頷き
「焚火料理は、男の仕事です」
断言した俺に、脇のヒドは呆れたように
「黒焦げの筍は料理とは呼ばんぞ、ヨンア」
低い声でそんな憎まれ口を叩いた。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    さらんさ~ん(*´◒`*)
    筍を食べたくなってしまった。
    明日…春に瓶詰めした根曲り竹のお味噌汁つーくろ
    水煮の鯖缶…卵…玉ねぎ…メークインのじゃがいも
    根曲り竹(煮汁は勿論)…お酒…お出汁…七味
    明日…朝につーくろ

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