2016再開祭 | 竹秋・玖

 

 

思ったよりも余程楽だ。何しろ敵は刀も持たず、微動だにせぬ竹。
正しく棒立ちの目前の竹の根元に狙いを定め、裸手を左から右へ軽く振る。

ひと振りで風功の届く範囲に生えていた全ての竹が、呆気なく倒れて行く。
倒れた処からは風功は使えない。
余りに鋭すぎる風の刃では、主軸も斬り落としてしまいそうだ。

此方は斬ろうが落ちようが、一向に知った事ではない。
しかし薬として使う以上、斬って良いのかどうか判らん。
渋々懐から取り出した小刀で、節から伸びる脇枝を落として行く。

道を進み、はたと気付いて手を止め周囲を確かめる。
右に散ったチホとシウルは、慣れぬ山仕事に四苦八苦という処か。
広場から然程離れぬ竹林で、ようよう斬り落としたらしき竹が倒れたのだろう。その辺りの他の竹が揺れている。
あの遅さでは、竹を山にし括る事すら忘れているかもしれん。
そうなれば一旦下まで降りた後、再び広場まで上がり奴らの分の竹を括り、担いで林の入口まで降ろす事になる。

そして左を確かめれば、案の定心配はないらしい。
山の神に殊の外可愛がられているらしきテマンと、何を如何やらせても誰より力のあるヨン。
共に器用に竹を捌いているらしい。
並び立つ竹は右よりずっと先で揺れながら、奴らの位置を知らせている。

そんな様子を伺い、心を配る事自体が馬鹿らしい。
赤月隊の解隊以来金だけで雇われ、何処の誰とも知らぬ相手を弑し、何の疑いも抱かなかった己が。
手裏房に移ってからとて情報を得に表へ出る以外は、闇の中で息を整える事だけを考えていた己が。

引き受けねば良かった。
判っている。珍しく昔を思い出し、弟の事を考え、そんな時に碌な事はない。
吐き気がするほど眩しい春の朝陽を浴び、奴らの笑い声を聞き、柄でもない筍掘りに骨を折る事になる。
始めた俺が悪い。思い出した俺が。
焚火や笑い声が懐かしいと、ほんの僅かでも考えてしまった己の甘さ。
放っておけば良かった。
何処の誰が出て来ようと知らぬ素振りで、距離を保っていれば。

この際この竹あの竹と、選り好みしている場合ではない。
しかし言い出した以上、己の声を翻すのも好みではない。
さっさと片付け、筍を掘り、帰る。必ずだ。その為なら己一人で竹林を全滅させても構わない。

考えながら再び竹の根元へと手を振る。
見ろ。こんなに心が乱れているから、風功は疎か息すら碌に操れん。
目の前の竹は綺麗な切り口を見せ、数本どころか十本程が派手な葉擦れの音を立てる。
そして周囲の他の竹にぶつかりながら、そのまま地面へ倒れた。

 

*****

 

「医仙様、今日は何かの斎日でしょうか」
竹林までお鍋を持ってついて来てくれた水刺房のお手伝いさんは、林の騒がしさに首を傾げて言った。
「さ、さい?」
「はい。竹を掃われているので、何かの斎日かと・・・肉を使ったこの湯は、大丈夫なのでしょうか」

そこでハッとした顔をして頭を下げると
「も、申し訳ありません!私ごときが出過ぎた口を」
「ううん、私こそすぐに意味が分らなくて・・・あの、斎日って一体」

その時水刺房でもらったカゴを抱えたままの上衣の袖を引かれる。
横のトギを振り返ると、その指が一生懸命動いている。

斎日っていうのは、精進潔斎して物事に当たる日。
山には神様がいるから、こんな風に大掛かりに竹を切ったりする時は普通、予め準備をしておく。
「え?準備がいるの?」

驚いて大きくなった声に、水刺房のお手伝いさんとトギが同時に頷く。

でも大丈夫。本当に山に入る時ならともかく、ここは典医寺の薬園の一部だから。

トギが指で言いながら慰めてくれてホッとする。そんな面倒な手続もあるなんて。
「もっと勉強するわ・・・」
所有者がいる敷地に立ち入るって訳でもないのに、いろいろあるのね。
薬草と薬湯、それに韓方医学だけでどうにかなるわけじゃない。
迷惑なほど茂った竹林を切って、感謝されても責められる理由はないと思ってたけど。

あの人が口を酸っぱく名分だの体面だのしきたりだのって言うのも、間違えじゃないのね。
そんなにルールがあるなら。
でもひとまずトギは大丈夫だって言ってくれたんだし、今回はきっと大丈夫なはずよ。

その時、目の前の竹林の奥に続くあたりの竹がザワザワ揺れた次の瞬間。

「退け!!」

ヒドさんらしき大きな声が響いて、私たちは慌てて倒れて来る何本もの竹から身を避けた。

 

 

 

 

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