2016再開祭 | 竹秋・捌

 

 

「おはようございます!」

トギと一緒に急いで飛び込んだ水刺房の厨房で、尚宮オンニが私たちへにっこり笑って頷いた。
「お早うございます。お待ちしておりました、医仙様」
「急に無理言っちゃってごめんなさい」
「いえ、とんでもないことでございます。ただ・・・」

尚宮オンニは言葉を切ると、水刺房の竈の上に乗っている大きなお鍋を見て心配そうに言った。
「かなり重いです。御二人で運ぶのは難儀かと・・・中身も入っておりますので、女人には持て余しましょう。宜しければ雑仕に運ばせます」

分ってるのよ。甘えすぎちゃいけないって。
お鍋を借りるのもユクスをもらうのもみんな私のワガママなんだし。
私が甘えすぎたら、あの人が陰口をきかれちゃうかもしれない。
自分は全然構わないけど、私の旦那様が悪く言われるのは絶対イヤ。
私なんてただ天人だってだけで、こうしてみんなと調子よくヘラヘラ出来るけど、あなたは絶対そうはしないでしょ?

だけどね、ヨンア。
人の親切や優しさや提案は、ニッコリ笑って受けるのも時にはマナーだと思うの。
断わったりしたら、却って失礼な時もあるわ。
「いいんですか?」

期待で目が輝いちゃう。だってあの竹林は外から見てた時よりずっと広くて。
中は複雑に入り組んでるし、道はないし、おまけに急坂や小さな崖みたいになってるとこまである。
ユクス入りの重い鉄のお鍋をぶら下げて、奥まで行くのはかなり怖い。
それにお鍋をひっくり返しちゃったら、尚宮オンニの親切までムダにすることになっちゃう。

急に弾んだ私の声に、尚宮オンニはニッコリうなずいてくれる。
「ええ、もちろんでございます。早速運ばせましょう」
「ありがとうございます、お願いします!」

自分のマナーとルールに従って、私は丁寧に頭を下げた。
尚宮オンニは周囲の別の若い尚宮さんたちに何か指示を出しながら
「ところで、医仙様」
声をひそめて私を呼んだ。
「はい?」
「あの湯の事でございますが・・・」

お鍋を指で示しながら、尚宮オンニは首を傾げる。
「あれは、天界のものでございますか」
その意味がすぐには分からず私も首を傾げると、
「肉で湯を作ると言うのは、水刺房に伝わる料理教本で読んだ事しかなかったので。
医仙様のご所望の物が作れたのか心配で。宜しければ、お確かめ頂けませんか」

尚宮オンニは小皿にユクスをすくうと私に差し出しながら、恐縮するように頭を下げる。
確かに高麗では肉をあまり食べない。畑を耕すための牛はいるし、山には猪や鹿もいる。
もちろん鶏も、そして馬も。仏教メインだから宗教的な理由なのかな。
農薬も合成の人工飼料も与えられてないから、骨まで使ってスープを取るにも心配ないし、安全だと思う。
たんぱく質が不足しがちだからこそ積極的に摂取を勧めたいけど、宗教の絡んだ食のタブーは私の頃でもデリケートな問題だったし・・・。

そう思いながら受け取った小皿のユクスの味を確かめる。
おいしいじゃない?問題ないわ。そもそも塊の牛肉をよく血抜きして、ネギとニンニクと一緒に煮込むだけなんだし。
簡単な料理だから、みんなに食べてもらいたい。
この際、Made in 天界にしちゃうのがことを荒立てずに済む一番良い方法かも。
そう判断した私はせいぜい自信に満ちた顔に見えるように背を伸ばし顎を引いて
「そう、この味です。最高です!天界の門外不出の秘法なので、これからは水刺房でも時々作ってみて下さいね」

急に胸を張った私にびっくりしたような顔で、尚宮オンニは
「畏まりました、医仙様」
そう言って恭しく頭を下げた。そして次に奥からカゴを持って来ると
「それと、此方がもうひとつのご希望のものです」

そう言って私にそのカゴをしっかり手渡してくれた。

 

*****

 

「どうやら、此処か」

開けた広場まで辿り着き、竹葉に邪魔されない空を見る。
竹林に踏み入って以来頭上に重なって視界を塞ぎ、光を遮っていた葉がなくなっただけで、春の朝陽が眸に痛い。
「チホ、シウル、右へ回れ。竹を斬ったら枝は落とせ。運搬の邪魔になる」

俺の声に手裏房の若衆二人は頷くと各々の腰の柄鎌を抜いて構え、手近の竹を切りながら元来た道を戻って行く。
「俺は中を行く」
中央を示すヒドの視線を追い、無言で頷くとテマンと共に散開する。
「大護軍、俺、道を作ります」

林に入るや行く手を阻むよう伸びる一本の竹を根元で切り、素早くその枝を節に沿って落としテマンが言った。
竹を切るのに鬼剣は振りたくない。
俺は脛の小刀を抜くと手近な竹の根元に屈み、その土から三寸ほどの処に刃を入れて目を刻む。
一旦立ち上がりそのまま切り口当たりを蹴り飛ばすと、切り口から折れた竹が倒れる。
倒れた竹の邪魔な竹枝を落としているその時。
右から流れて来た風にふと眸を上げる。

ヒドも随分と張り切っているらしい。此方まで流れる程の風を生んで。
先を見ればテマンは鎌を根元へ打ち、一度抜いて竹を倒す方角を見極めて再び打ち込んで、間違いなく頭をその方向へ倒す。
竹は周囲を囲む他の竹と擦れ、派手な音を立てて倒れる。
主軸から伸びる枝を落とし、それが何本か出来上がった処で道の端に纏めて積むと、懐から取り出した麻縄で一山を括りつけ次の竹に飛びつく。

山での動きを熟知しているとはいえ、その速さに眸を瞠る。
背後の俺の動きを邪魔せぬよう、必要な竹を切り払い道が作られる。
しかしこれから林を作る若竹には手を出さず、この後衰え枯れ落ちるのを待つ老竹のみを切り倒しているのも。
流石だと肚裡で頷きながら切り残した竹を探しはするが、そんな竹が滅多に残っておらん。
寧ろ俺が居る方が邪魔になるのかもな。 此度出番は少なそうだ。

そう思いながら、奴の手で拓かれた道を行く。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    お言葉に甘えて~
    厚意は素直に受けちゃいましょ
    お礼はしっかりと。
    そして 知ってることを
    教えてあげるのも 素敵なことよね~
    Give and Takeな感じでね
    あっという間に 竹林も綺麗になっていく~

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