2016 再開祭 | 逢瀬・陸 (終)

 

 

先刻までの惑っていた足取りが嘘のようだ。
行き先を決めたこの方は真直ぐ通りを進み、思いもかけぬ店先で突然止まる。

秋夕には松餅を売るような、何の変哲も無い餅屋の前。
その餅屋に飛び込むと、大きな高い声で店の奥に叫ぶ。
「すみません!」
その勢いに驚くように中から女人が飛び出してくる。
「はい、何にしましょう」
「ダンジャ!」

この方は細い指で並べている瓊団を指す。
女人がその注文に頷く。
「はい、おいくつほど」
「100個!」

その声に、先程までとは違う眸で思わずあなたを確かめる。
・・・百個。と言ったのか、今。
店の女人も同じように、呆気に取られた顔でこの方を見る。
「百、ですか」
「そう。100個下さい、ダンジャ」
「医仙」

いくら喰うのが好きとはいえ、瓊団を百個喰えるとは思えん。
「戯言は良い。戻りましょう」
店の女人も冗談とでも思ったか、呆れた顔で店内へ戻ろうとする。
しかしこの方は、頑として動かない。

「お土産に持って帰る。みんなにあげたい。武閣氏のオンニたちにも、迂達赤のみんなにも、典医寺のみんなにも」
「・・・馬鹿げた事を」
「どこが?少なくともみんなは私の事、送り出してくれた。分かってくれたわ。あなたと2人きりでいさせてくれた。
あなたと出掛けるのを邪魔したりしなかったじゃない。迂達赤のみんなは、留守を守ってくれてるんでしょ?」
「・・・それは」

この方の怒りの理由と矛先が徐々に見えて来る。
何も返せず声が詰まる。
「あなただけよ。あなただけが、いつまでも本音で話してくれない。何を考えてるのか、どうしたいのか教えてくれない。
私はそんなのイヤ。最後に後悔するのなんて絶対イヤだもの。言わないで後悔するなら、当たって砕けた方がまだマシよ。
逢いたいから逢いたいって言う。残りたい時は残りたいって言う、帰りたくなければ帰りたくない、好きなら好きってハッキリ言う。
だって明日の事なんて誰にも分からない。怖いからって止まってたら、何も変わらない」

餅屋の店先で突然始まった痴話喧嘩に、周囲の客の足が止まる。
人波の向こう、呼ばぬ俺を気にしながらもどうすれば良いか分からぬテマンが右往左往している。
留まった人垣が膨れていく。それしきの事で動じる方では無い。
この方は髪を振りたて、俺に食って掛かる。
「あなたは嘘はつかない、そんなのよく知ってる。でも嘘をつかないからって本当のこと言わなくても良いってことじゃない。
言葉が足りないのは、相手を不安にさせる時があるのよ!」
「・・・主」
「は、はい」

目の前で叫ぶこの方の勢いに呑まれていた店の女人が、呼び掛けに慌てたように頷く。
「この店の瓊団を、有るだけ包んでくれ」
口から出任せだと思われては困る。
眸はこの方を睨みつけたまま懐から掴みだした銭を、横の卓へ叩きつける。
銭の音に眼を白黒させながら、主が慌てて瓊団を包み始める。

往来で勝手な事ばかり、好き放題に怒鳴り散らして満足か。
本当の事。それを言ってどうなる。
帰るなと留めれば苦しいのは誰だ。傍に居ろと頼めば辛いのは誰だ。

夜も眠れぬ程の日々を過ごし、命を狙われ毒まで盛られ。
それでも無理に笑って過ごすあなたが耐えられるのはもうすぐ天門が開く、開けば帰れると思っているからだろう。

門の向こうには元の暮らしが有り、あなたの帰りを待つ方々が居る。
それを全て諦めろと、忘れろと正直に言えば満足か。
そんな身勝手が許されるわけが無いだろう。

本音を言えだと。どうしたいか教えろだと。
言ってどうなる。聞かせて何が変わる。

何故主は瓊団を包むのがこれ程遅いんだ。
何故この方は訴えるような瞳で見るんだ。

それ以上声が上がらないと察したか、周囲の人垣が散っていく。
テマンがようやく安堵したように、また俺たちから三歩離れる。
睨みつける俺に対峙するのは、また眸の前のこの方だけになる。

その瞳が言っている。肚裡を告げてみろと。
一度で良いから正直に言ってみろと。
皇宮ではない。周りに人目は無い。
此処で何を仕出かそうと、己の体面に関わる事は無い。

「やらなきゃいけない事、ばっかり」
この方が呟いて、痛ましそうに俺を見る。
「私のこと、守りたいから守ってくれてるの?それとも守らなきゃいけないから、仕方ないから守ってるの?」
「それは」
「王命だから?天界から連れてきちゃったから?約束だから義務感で守ってくれてるだけ?
それならもういい。守ってくれなくていい。
やりたくもないこと、あなたにして欲しくないのよ。あなただってしたいことをしていいのよ」

結局伝わっていないのだ、俺の心などこの方には。
当然だ、俺は自分自身すら誤魔化しながら散々名分を探している。
この方と共に居られる名分。触れても許される名分。
他の全ての目から隠れ、二人きりで向き合える名分。

その名分が尽きて初めて、ようやく少し素直になれる。
「俺は」
低い声で、それだけ告げる。
「最後などと思わなかった。ただ外に出たかった」
「・・・うん」
「だから思い出の品は要りません」
「うん」
「あなたは」

俺の問い掛ける眸に、この方が首を傾げる。
「・・・これが最後のつもりでしたか」
静かに尋ねると、その口許が大きく笑んだ。
「私はいつだって最後のつもりよ。最後にしたいからじゃない。最後だと思えば、どんな瞬間だって宝物になるじゃない?
今日も、明日も、あさっても、その先もずうっと最後のつもりで。その分あなたとの宝物が、どんどん増えてくんだもの」

今日も、明日も、明後日も、その先もずっと。
柔らかな声の響きに、期待で胸が苦しくなる。
「・・・イムジャ」
「なあに?あ、今さらまた文句とかやめてよね!」
「いえ」

ふざけて膨らませた頬に触れたくて。偶然を装って抱き締めたくて。
そんな都合の良い偶然など起こる筈が無いのに待っている。
伝えたい。全てが見えた時に。
あなたの全てを俺に預けろと、はっきりと伝えられる時に。
「伝えたい事が」
「なになに?言って?」
「今では無く」
「えーーー!!」

そんな風に大声を上げるこの方を、総て受け止めると自信をもって誓える時に。
「遠くは無い」
そうだ。遠くは無い。
もう見えている心の行先が、その景色が全て確りと見えた時に。

「必ずお伝えします」

諦めたように笑い、この方がようやく包み終えた瓊団を受け取る。
その包みを小さな掌から奪い取り、俺は店を後にする。
ようやく空になったこの方の手を握って。

「ねえ」
素直に手を牽かれたままで、その瞳が俺を見上げる。
「はい」
頷くと、ようやく初めて声を顰めたこの方がそっと囁いた。
この往来の中、何処で誰が聞いている訳でもないのに。

「東屋でダンジャ食べてから帰ろうか。2人っきりで」

その瞳が俺の握る包みへ走る。やはり喰い物には勝てぬらしい。

温かく細い指を握り締め、俺は笑って頷いた。

 

 

【 2016 再開祭 | 逢瀬 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

1 個のコメント

  • とても良かったです。
    涙がポロっと出て、幸せな気持ちです。
    人を好きになるって素敵ですね。

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