「どいつもこいつも」
部屋を出て行くキム先生の背中をにらみ付けてうんざりしたように唸ると、あなたはそのままベッドに倒れ込んだ。
「みんな嬉しいのよ、あなたが起きてくれたから」
ベッドの横まで椅子を引きずって来て、そこに座ってあなたの顔を覗き込む。
あなたは横になったまま私をじぃっと見ると、ベッドに頬杖を突いてた私のほっぺに大きな手を当てた。
目を閉じて体を倒すと、そのままあなたの胸に頭を預ける。
「もう眠くない?」
「はい」
「そうなの?」
「はい」
凭れていた胸から顔を上げると、うーんと体を伸ばして、あなたのほっぺにキスをする。
その小さな音にあなたの黒い瞳が動揺したみたいにうろたえる。
「な、にを」
照れてるのかな。黒い髪のすき間から覗く両耳が赤くなってる。
「王子様は真実のキスで目が覚めるって、童話では相場が決まってるの」
・・・まあ、ちょっと脚色しちゃったけどいいわ。
だってカエルの王様も美女と野獣も、お姫様のキスで真の姿に戻るのよね?
お姫様ばっかり眠り続けて、相手のキスを待ち続けるなんて不公平だと思うし。
こうやって歴史を変えるくらいはありでしょ?
私たちは何度も歴史を変えてるのか。それとも正しい方向に修正してるのかしら。
どっちだって構わない。あなたが元気だから。
そして温かい額にキスをして、あなたが起きてくれたから。
「ヨンア」
そう呼んで、あなたの額に。
「起きてくれてありがとう」
そしてその左右のまぶたに。
「起きなかったら怒鳴るところだった」
高くてきれいな鼻先に。
音を立ててあなたの顔中にキスの雨を降らせると、あなたが顔をそむけて私の唇を避けた。
「ひどーい!開京からわざわざ来た主治医を、そうやって邪険に扱うわけ?!」
「こそばゆい」
そう言うとほっぺにあった大きな手のひらが、私のうなじに差しこまれた。
力を入れてる様子も、無理に抑えつけられる痛みも感じないのに、どうやっても首が動かない。
そんな優しく支えられると、手放しで泣きたくなって来る。
でも泣かない。泣く理由なんてない。あなたはここにいるもの。
こうして触れる肌も、そして私のうなじを支える手も温かい。
私に必要なのはそれで全部。あなたさえ元気でいてくれればいい。
涙ぐんだ目を瞬きでごまかすとあなたはうなじを支えたままで、真剣な低い声で言った。
「するなら気をこめて」
今のムードにはあまりにそぐわないあなたの声に、ごまかしじゃなく、本気で涙がひっこむ。
「・・・はい?」
「確り力を入れて、本気でして下さい」
「本気で、って・・・」
「戯れでなく」
「じゃああなたは私にキスする時は、いっつも気を込めて、本気でしてるわけ?」
「無論です」
あなたはやっとこっちを向くと、真面目な顔で頷いた。
「戯れで出来る事ではない」
「別に私だって、遊びでしてるわけじゃ」
「では、見せて下さい」
横になったままのあなたが瞳を閉じる。
眠ったフリの王子様を起こすのは、お姫様からの真実のキス。
ベッドに横になったままのあなたは、私のうなじを押さえても、強引に力をこめたり無理に引き寄せたりはしない。
もう私たちは怖い夢を見ることはない。夢の中で冷たいあなたの額にキスすることはない。
いつも私の心を守ってくれる。何度も何度でも、悲しい記憶を嬉しい思い出に上書きしてくれる。
だから私はもう一度、ふたつの鼻先が触れるくらいに近寄る。
あなたの優しい息遣いも、長いまつ毛も数えられるくらい近く。
あなたの唇が、私の唇を待ちくたびれたみたいに薄く開く。
待たせたくない、待ちたくない、そう思ってあと2㎝近寄ろうと頭を下げた瞬間に。
あなたの閉じていたはずの両目が、前触れもなく至近距離で開く。
うなじを支えててくれた手が、自分の頭の下の枕に伸びる。
何が起こったのか分からず固まった前傾体勢の私を一瞬で避けると、あなたは握り締めた枕を思いきり扉に向かって投げた。
そして同時にベッドから飛び降りると、次の瞬間にはその扉を長い足で蹴り開ける。
扉に枕の当たる柔らかい音、直後にあなたの足がそれを蹴る鋭くて大きな音。
その扉がまだ揺れる向こう、部屋の中を隠すみたいに立ってるあなたの背中のすき間から、迂達赤の鎧がいくつも見える。
こっちに背中を向けてるから、あなたの表情は見えない。
でもその向こう、明らかに部屋の声を盗み聞きしてたような体勢で凍りついた迂達赤のみんなの表情だけはよく見える。
「あ」
野次馬の先頭にいたトクマン君が、発声練習みたいに一声。
「の、大護軍」
そのトクマン君の襟首を、周りの迂達赤のみんなが一斉に掴んで扉前から引きずって離す。
「・・・いや、いい天気だな!」
「日差しのせいで、埃が目立つ」
「全くだ。見てみろ、ここにも、あそこにも」
「宿の主に掃除してもらわんと困るな」
「お二人の寝室前が汚れたままでは、迂達赤の沽券に係る」
「頼んで来よう。今すぐ隅々まで掃除するように」
「俺達の大護軍の御体に差し障りがあったらえらい事だ」
「そんな事になったら主も使用人も無事では済まさんぞ」
「そうだそうだ、大護軍がせっかく起きてくれたのに!」
そんな声が少しずつ、部屋の前の廊下を遠ざかっていく。
あなたはその声が完全に聞こえなくなるまで扉前からにらみ付けた後、首を振りながらこっちに戻って来た。
「ゆっくり休む暇もないわね」
笑いながらあなたに言うと、もう一度ベッドにごろんと横になって目を閉じたあなたは溜息をつく。
「桜が咲けば、散歩に」
「え?」
「花吹雪の中を」
「うん・・・」
「弁当を拵えて」
ふて腐れた顔で唇の先で呟いて、あなたはあきらめたみたいに笑う。
「先に漢城の暴動を鎮めねば」
「うん。長くかかりそうなの?」
「いえ。御医の言う通り、残党はほとんど居りません」
「そうなのね」
「・・・暴徒は、倭寇ではありません」
「うん。聞いたわ。ヨンア」
私の返事が予想外だったのか、あなたは目を開けてこっちを見た。
「あなたのせいじゃない。全員が善人なんて国、この世のどこにもない。だから悲しまないで」
「イムジャ」
「善人でも悪人でも、目の前にケガ人がいれば私は助ける。それは分かってくれる?」
「はい」
「それならいいの。それだけでいい」
ベッドのあなたを抱き締めると、あなたは私の髪をなでる。
気遣うみたいに、慰めるみたいに、優しい手でゆっくりと。
そうしながら不満そうにポツンと言った。
「・・・もうねだる気にもなれん」
それが何を意味してるか気が付いて、髪をなでられながら思わず吹き出してしまう。
それが不満だったのかあなたはちょっとむっとしたように、唇を歪めた。
「何です」
「ねだる必要なんてないのに、おかしいじゃない」
いつまでもグズグズしてるから野次馬が集まって来るのよ。
私はあなたを抱き締めたまま、今度は迷いなく新しいキスをした。
あなたの言う通り、本気で心をこめた、イタズラじゃないキスを。
【 2016 再開祭 | 眠りの森 ~ Fin ~ 】
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王子様が眠りから覚めてハッピーエンド!世界の童話にヨン&ウンスも加えちゃいましょうか‼
それにしてもトクマン君またやらかしましたね~もう!お約束‼
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やっぱり この場じゃ
あまあま~な時間は持てないのかしら?
おじゃま虫がいっぱい(笑)
| 壁 |д・)
早く屋敷に帰って
お花見にでかけましょ( ̄▽+ ̄*)
心をこめた くちずけも
遠慮なくどうぞ~
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ポチ…の写真は桜。
今、満開の地域もありますね。
ヨンとウンスの二人にも、
桜に負けない、甘い香りが降り注いでいるかな。
迂赤達の若い兵士も、そんな・・・が欲しいね。
ヨンとウンスの口づけは、特別です!
互いの心を理解し合った
桜味の口づけ…よね。
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今晩は、せめてもう少し読みたかったです。又、違うタイトルで物語を、載せてくれますか?それとも少しの間、休憩しますか?神経使い過ぎで疲れたかもね。心穏やかに過ごして下さいネッ。
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なんて素敵
ウンスの口付けで目覚めるなんて…
やっぱり2人の愛は最強だな❗️
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久々の甘い時間を!!
今回は許さないぞウダルチ(苦笑)
まぁ、最後は2人の時間が出来てよかった
さらん様の話って後日談欲しいくらいです
今回の場合はその後どう鎮圧とかウンスは一人で戻ったのかとか
忙しいし無理なのは承知なので言ってみただけです
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さらんさん
お久しぶりです。
ヨンとウンス
ヨンが起きなくてドキドキしたけど
最後はアマアマで
ウダルチのお約束まで♥
王道最高です!(///∇///)
いつも素敵なお話ありがとうございます。
またよろしくお願いします<(_ _*)>
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顔中にキスからのこそばゆい、確り力を入れて本気で、戯れでなくには笑えました
ヨンらしくて!
トクマン野次馬の先頭は目立ちすぎたね(⌒-⌒; )
今日は私のところでは桜が満開です
桜を見ていたらヨンとウンスと2人でお弁当を持って桜並木を散歩してる姿が目に浮かんでコメントしたくなりました