2016 再開祭 | 天界顛末記・丗弐

 

 

久方振りの陽が、壁に連なり天井まで届く奇妙に切り取られた窓から部屋を照らす。
「住民カードは?」
「・・・・・・」
「元のお住まいは?」
「・・・・・・」
「ご家族は?」
「・・・・・・」
「どなたか身元引受人は?」
「・・・・・・」

温かい部屋の中、向かい合った卓前の初老の男は穏やかな声で問いを繰り返す。

「このままだと、警察に引き渡す事になってしまいますよ?」
「・・・・・・」
「ここにいらっしゃる方は皆さんそれぞれ事情がおありです。私達はセキュリティネットです。
それでも最低限は話して下さらないと」
「・・・・・・」
「たとえばあなたが逃亡中の重大事件の容疑者だったり、オーバーステイの違法滞在の外国人だったり。
そう疑われてしまう事もあるのです。その時には必要機関に連絡を取らなければいけませんから。
分かりますか?」

先刻から一体何を申しておるのだ。
全く要領を得ず、ただ憐れむような視線で私を見ている初老の男。
その顔に唾を吐いてやりたいのを堪えながらだんまりを決め込む。

「そんな恰好で雪の中、何事もなかっただけでも幸運でした。きっと神の御加護です」
初老の男は胸の前に垂れる十字の銀飾りを掌で握り、両手を合わせて眼を閉じた。
何なのだ。異教の者か。何れにしろ私は天も仏も信じぬし畏れぬ。
高麗で天と称される王よりも力を持っていたのは私だ。
加護など要らぬ。こんな処に閉じ込められるだけでも息が詰まる。

私の無言の深い溜息をどう受け取ったか、男は穏やかに頷いた。
猫撫で声も、上滑りな言葉も、作り笑いも悍ましいばかりだ。
「お腹が空いていらっしゃるでしょう。温かいスープがあります。空腹では気持ちがささくれます。少し召し上がりませんか?」
「それを早く言わぬか!!」
叫んで椅子を蹴り立つ私を、座ったままの男が呆気に取られたよう下から見上げた。

 

*****

 

「お話が出来ない訳ではなさそうです。こちらの言う事も理解していらっしゃいます。
けれど身元の手掛かりになる事を、一言も教えて頂けません」
神父が苦い顔で首を振り、電話口の向こうに話し掛ける。
「せめて身元が確認できれば、そしてご家族が同意されればお預かりする事も出来ますが・・・それすら出来ぬのでは」

電話口から返る声に頷きながら、神父は視線だけで開いた食堂の扉の向こう、湯気の立つスープを搔き込む二人の男を見つめた。

「逃げるなど。教会です。扉は開いています。いらっしゃればどなたでも受け入れますし、どなたでも出て行けます。
全ては神の思し召しです」

電話から響く声が急に大きくなり、神父は受話器を耳から遠ざけた。

みな何故これ程に怒るのだろう。人間など小さいものなのだ。
己の意思だと考えていても、神のお導きでありご意思だと言うのに。

無言でスープボウルを空にし、次のスープを搔き込む二人の男。
神父は受話器から響く声に適当な相槌を打ちながら頭の中で考える。

また信徒の皆さまに寄付をお願いしなければ。
寒い冬をここで過ごすのはあの方たちだけではない。
皆さんに平等にスープが行き渡らなければ騒ぎになる。
それでは神のご意思に背く事になってしまう。

そして私達も生きて行くには、食べないわけにはいかないのだから。

 

*****

 

上の部屋にもある四角い箱の、もっと大きなものが叔母殿のお宅にも置かれていた
その中で先日とは違う小さな男性が、頻りにこの二日間の雪の話を繰り返している。

「太陽活動の活発化により、世界各地で異常気象が続いています」

その小さな男性の後ろには衾雪の絵。
町中が白く雪を冠し、樹々の枝も天高い建物の屋根も、全てが一面の銀世界。

「環境部、気象庁、及び気象研究局が連動し注意深く経緯を」
「今回の太陽活動で臨時迂回航路を航行中の旅客機だけではなく」
「予想を上回る積雪量で海上は大時化となり」
「その他の鉄道やバスなどの交通機関にも大幅な影響が」
「市民生活にも想定外の混乱と打撃を」

判るような、判らぬような。
しかしその小さな男性がどうやって薄い箱に納まっているかが、先ずは大層気に掛かる。
私が体を揺らし、その薄い箱を斜め横から覗き込んだ途端
「ビンお兄さーん?」

隊長と副隊長が表に出てから、ソナ殿にそう呼ばれたのは幾度目か。
「はい」
「あったかくなってきましたね?もうすぐ10時ですね」

空々しく窓の外を確かめる振りをして、ソナ殿が私を窺う。
「そうですね」
「だからほんのちょっとだけ、外に」
「・・・ソナ殿」
「だってつまんないんです。もう寝てるの飽きちゃいました」

私が首を小さく振ると、途端にその顔が険しくなった。
不思議だ。
隊長や副隊長にはお見せにならない顔を、私には遠慮なく平気で見せるところが。

「ビンお兄さんは、意地悪です」
「意地悪・・・ですか」
「だってもうすぐ帰っちゃうのに、なのに・・・」
あの薄い平たい箱の前の長椅子の上に丸まり、その頭からすっぽりと温かそうな厚い布に包まって ソナ殿は口を尖らせた。

「副隊長も隊長もおっしゃったでしょう。此処で私と待って下さるのがソナ殿のお役目と」
「分かってるんです。聞きましたよ?チュンソクお兄さんが言った事。だけど」
「そうです。けいさつしょから連絡があれば、私が隊長か副隊長に繋ぐ手筈です。ですからソナ殿は私と此処に」
「だけど、もうすぐ会えなくなっちゃいます」
「逢えなく・・・」
「ビンお兄さん、最初に7日って言ったでしょ?7日で、もし探してる人が見つからなかったら、まだいてくれますか?」

本当に居て欲しいのは私ではない。ソナ殿を拝見しているとよく判る。
色恋には鈍い隊長ですら、きっとお判りになっている。

胸に痞える副隊長の言葉。見聞きした覚えのないものが懐かしい。

「ソナ殿」
これを今のソナ殿に伺うのは良策か。判断がつかない。
それでももしもほんの僅か、心の重石を除けるのなら。
「はい」
素直に頷く顔に向き合い、思い切って静かにお尋ねする。

「輪廻を信じますか」

 

 

 

 

1 個のコメント

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    怪しい二人組は 神父さまに
    拾われたのね。でも かなり態度デカい…
    (•́ε•̀;ก)
    侍医は からくり箱(TV)の謎は とけるかしら?
    ソナ 残りわずかな時間
    ちょっとでも 一緒にいたいよね
    縁があるから 会えたのよね (。•́ωก̀。)グスン

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