2016 再開祭 | 天界顛末記・廿

 

 

「あの男を探してるって?キ・チョルとかいう、ふざけた奴」
奥から出て来た丈の高い男は俺達を眺め、最後にチュンソクを兄と呼ぶ女人に目を当てる。
「あ、はい・・・」
事の仔細を知らぬ女人は言い淀むと、助けを求めるようチュンソクへ目を移す。

「昨日あのまま留置しとくんだったな」
男は舌を打つと首を振り
「同一人物だと思いますよ。年上の男はやけに偉そうで、召使みたいな小柄な男を連れていた。
小男はキ・チョルって男をナウリって呼んでたな。まるで史劇みたいに」
「その者です!!」

チュンソクが叫び、脇の女人の目が丸くなる。
「奴らは何をしたのです。何故投獄されたのですか」
「前日に毒物を使おうとした男と踏んで包囲して、喰い逃げで留置したが、示談になってね。
毒物も結局確定できなかった。そうなればこっちもそれ以上、身元確認も出来なかった」
「では」
「昨夜遅く釈放しました。何処に行ったかは判らない」
「奴らの様子は」
「着てたのはさっきあなた方が言った通り。キ・チョルは白の上下、頭に金の髪飾り。
召使は時代がかった黒の上下だったな」
「着替えておりませんでしたか」
「着替えを買う金があれば、食い逃げはしないでしょう」

その妙に説得力のある声に頷く。金を持たぬ奇轍。想像もつかん。
しかし金が無くば、唯でさえ見知らぬ天界で動く事は出来ん。
獄を抜けても金が無くば旅籠にも行けん。行けぬなら付近で夜明かしする可能性は高い。

「この近くに夜明かしできそうな処は」
「そうだな、ホームレスが集まりそうなのは駅の通路や公園だが。
最近は特に取り締まりが厳しいから、見つかれば追い出されるだろう。
終電や見廻りが終わった深夜に集まって来る可能性はあるけど。
ところであなた方は、何故キ・チョルを?何か被害に遭ったのか?」

被害。正にそれだ。被害に遭っている、あ奴の所為で。
奴と奴の手下が医仙を脅かし、執拗に付け狙う所為で。

しかし天界でそれを訴えた処でどうにもならん。
俺に下された王命。
奴を捕縛し連れ帰る。そして王様の御英断の許で断罪する。
その為にあの方に真実を告げず、敢えて独りで此処まで来たのだ。

「いや。無事に連れ帰る為に」
「ふぅん。あんな男は、少し痛い目を見た方が良さそうだがな」

丈高い男は俺に向かって吐き捨てると肩を竦める。
「正直腹が立って仕方なかったね。無銭飲食でも立派な犯罪だってのに、俺に向かって民草風情って言いやがった。
まあ国の大統領からしてあれだから、勘違いする富裕層がいるのにはこっちは慣れてるが」
「・・・そんな男だ」
「あんた達にもそんな態度か。それでも探すのか?」
「ああ」

頷いた俺に片眉を上げ、丈高い男は頷いた。
「ホームレスが集まる場所を調べよう。巡回を強化して見つかれば連絡する。あの男の顔は判るからな。連絡先は?」
その声に女人が懐から慌てた様子で何か取り出して開き、其処から更に薄い札を抜き出した。
「私のところにご連絡を頂けますか?皆さん、うちにいるので」
「判りました」

その札を掌に受けた男は、確かめるよう眺めた後に女人に向けて頷くと
「一部コピー取っても良いかな?」
その声に女人は幾度も頷いた。男は札を手に奥へ歩みながら
「お嬢さんはこの辺りには詳しいか?」
女人に向けて、奥から大きな声で問うた。
「はい!」

卓の此方から背伸びをし女人が男へ頷くと
「じゃあ特別サービスだ。この地図を持ってくと良い。ホームレスが集まりそうな場所だよ。
今の時期は公園より通路だな。屋根があるし、寒さも凌げる」

男は手元に紙を広げ、其処へ赤い印をつけて行く。
最後に札と共にその紙を畳みながら女人に渡す。
「ありがとうございます!」

女人が紙に指を伸ばしかけた時、男の握る紙がその指先から逃げる。
「お嬢さんみたいな若い女の子が1人で行くなよ?絶対にダメだ。
必ず後ろの、えらいハンサムな彼らと行く事。それだけ約束してくれるか?」

女人一人で、まして奇轍や俺達の事情と無関係なこの女人一人で行かせる事は無い。
それは侍医もチュンソクも同じだろう。俺達が一斉に頷くと
「おいおい、自分で頷くかあ?」
男は何故か呆れたように俺達の顔を順に眺めた。
「・・・確かにいい男だけどな。頷くなよ。イヤミに見えるぞ」

独り言のようなその声に、俺達三人は意味も判らず目を見交わした。

 

*****

 

「収穫はありました。先ずは恐らく徳成府院君らは金を持たぬ事。此方には軍資金があります」

陽の高くなる筈の刻にも拘らず風の寒さは増し、霙は雪に変わる。
窓の外を舞い始めた牡丹雪を眺める俺の前、侍医が卓上に黄色い紙束を置いた。

「医仙がおっしゃる通り、この天界では金が物を言うようですね。
例え徳成府院君といえど、金がなくば捕らえられ獄に繋がれる程」
「これが金か」
「はい。この世の金との事」
「どう手に入れた」
「医仙のお言葉を伺っていたので」

雪の舞う窓一枚を隔てた部屋内は、オンドルのお蔭で温かい。
侍医は愉快そうにひっそり笑むと
「あの方はお元気ですか」
短くそれだけ問うた。

元気か。恐らく元気だろう。そうでなくば困る。
待っていると言って下さったから、帰ると言ったから戻る。
これ以上あの方に嘘は吐けん。

「守りはどうなっていますか、隊長」
チュンソクも気に掛かるか、眉を寄せ問いを重ねる。
「精鋭を付けている」
「それなら良いですが」

今は忘れろ。此処まで離れてしまえば何をしてやる事も出来ん。
心配に波立つ肚を宥めつつ、俺は話を摩り替える。
「奴らになく、俺達にあるのは情報」
「ソナ殿のご協力の賜物です」
「え?」

侍医に名を呼ばれた女人が弾かれたように顔を上げ
「そんな。私はなんにも。それより、あの、この地図」
そう言うと先刻あの男に手渡された紙を広げ、黄色い紙束の横へ置く。
「この赤いマークのところ。今日は雪だから、明日にでも・・・あの」

先刻から視線を投げていた部屋隅の薄平たい箱へ目を遣って、女人は気遣わし気に俺達に問うた。
「雪がひどくなりそうなので、少しだけTVつけてもいいですか?お天気が知りたくて」
正体の判らぬ箱を指す女人に、代表してチュンソクが頷いた。
「無論です。どうぞ」

女人は安堵したように微笑むと、手元の小さな黒い箱に触れる。
よく見ればそこには小さな色取り取りの釦が並び、女人がその中の一つを押すと同時に、薄い箱の中に男が浮かび上がる。
「現在太陽フレアへの影響を懸念し、国内国際線共に迂回航路を」

侍医が大きく目を瞠り、チュンソクが床に膝立ちで腰を浮かし、俺は脇に立て掛けた鬼剣の柄を握る。
女人だけが何事も無いかのように平然と箱に入り込んだ男を眺め、そして不安げに俺達を振り返ると
「・・・どうしたんですか?3人とも」
箱の中の男ではなく、俺達の様子に驚いたように呟いた。

 

 

 

 

1 個のコメント

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    お、収穫ありですな。
    あるいみ 特徴あって わかりやすい
    二人でよかったね。(๑⊙ლ⊙)ぷ
    そろそろ見つけてあげないとねぇ
    泣いて帰りたがるかも。(特に ヤンサ)
    ヨンは 警備室の モニター見て
    それ以来だから (笑)
    箱の向こうに 人が…!

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