「隊長、ちょっと良いですか」
アン・ジェとの気詰まりな会合後、午後に戻った迂達赤兵舎。
私室へ戻ろうと階を上がった途端に、トルベの声が歩を塞ぐ。
「・・・何だ」
碌に陽も射しこまん上階の廊下隅、奴は言い難そうに声を切る。
「迂達赤の、新入りの選抜の件で」
「副隊長に言え」
いつまた役目を捨てるかも判らん、いつまた急に出て行くかもしれん俺が新入りを選ぶ事など出来ん。
「いえ、今回はどうしても隊長に見て頂きたくて」
「だから副隊長に言えよ」
吐き捨て、歩き去ろうとした俺の足を他の奴らまで塞ぎに掛かるのは一体何とした事だ。
どうにか俺を捕まえようと、次はトクマンが声を張る。
「隊長、今度の新入りなんですが」
「何か問題か」
俺の声に続くチョモが言い辛そうに目を背ける。
「実は、上から推された者で」
「初めてじゃないだろ」
下らん事で足止めばかり、どいつも言い難そうに淀むばかり。
何度言ったら判るかと、奴らに向けて再び足を戻す。
「家柄や身分は十五番目」
その声と共にトクマンの鎧の腹を、握る鬼剣の鞘先で突く。
「縁故は百五番目」
続いて正面のトルベの腹を同じように。
「まず実力だ!」
最後にチョモの腹を突くと、奴らは其々に腹を押さえて黙り込む。
「しかし、王様からのご推薦で」
「・・・何だと」
其処に鬼剣の難から逃れたテマンが、軽い足取りで駆け付ける。
「今、隊長の部屋で待ってます」
「誰が」
「あ、新入りの迂達赤が」
王様から推された新入り。思い当たる者など全く居らん。
立ち尽くす奴ら四人を背に、目の前の私室の扉を開く。
開いた扉の階下。数段下の明るい窓を背に鎧を纏う小さな体。
暗い廊下に慣れた眸に眩しい陽射しより余程明るいその笑顔。
俺に向けお道化たように敬礼姿勢を取り名乗り上げる高い声。
「2等兵ユ・ウンス、本日付けで迂達赤に配属されました!忠 誠!」
俺は今、何を見ている。
呆れ声すらも乾いた咽喉の奥に引掛る。
「・・・何です」
「ここ。高麗の中で一番安全な場所に隠れるの。離れないわ。
王様にちゃんとお許しももらった。それからこれも。剣もくれた。見て?私の剣」
あなたが嬉し気に言って、小さな手に握った剣を捧げて示す。
次から次へと度肝を抜かれる。本当にその肚裡が全く読めん。
これ程見つめているのに。
あなたの声も顔も何一つ見逃さぬよう、これ程ずっと見つめているのに。
最初は帰ろうと、俺に黙って無理に飛び出した程の方。
火女達に攫われた後、戻った時には笑わなくなった方。
そしてぱあとなあになろうと、掌を握り振り回した方。
ようやく帰そうと皇宮を飛び出せば戻ると言い張り、戻れば次は俺の許へ隠れると言う。
離れないわ。
俺は一人では何処へも行かん。そしてあなたを一人では行かせん。
離れない。絶対にあなたから離れる事は無い。
私室の出入口、階の上と下。
無言で見つめ続けるこの視線に惑うよう、あなたの瞳がふらりと泳ぐ。
「ああ・・・えーっと、迂達赤の兵舎でもちろん女子寮なんてないから。
ここで一緒に過ごさせてもらおうかなー、なんて・・・その辺に適当に、簡単なベッドでも置いて・・・」
この方がこれ程に言い淀むのも珍しい。此方の顔色を窺うような事も。
確かにそう思った。何故なら知らなかったから。
イムジャ、俺は何も知らなかった。あなたが何を知っているのか。
どれ程の覚悟を決めて俺の許に来てくれたのか。
そんなあなたを護る為、俺は男として何をせねばならなかったか。
離れないわ。
二人きりの部屋の中、聞こえた声がただ心から嬉しいだけだった。
そして命を懸けて護ると、見つめるたびに新たに誓うだけだった。
知らなかったんだ。これから俺達に何が起きるのか。
真にあなたを護るとは一体どんな意味があったのか。
ただ嬉しかった。此処が、俺の横が高麗で一番安全だと言ってくれた事だけで嬉しくて。
自分が此処に来たからお前は何処へも行くなと、この方が決めて下さった事が嬉しくて。
俺が王様から離れる事無く、迂達赤に留まる為の案だろう。
的外れでも俺の為、そんな風に慮って下さった心が嬉しくて。
「ああ、ベッド・・・ほら、私は椅子2つでもよく眠れるタイプだし、うん・・・ええ」
だから何も言えなかった。春雲雀のように囀る高い甘い声をずっと聞いていたかった。
しかしこの声は俺だけのものだ。
そして部屋の中の内輪話は、俺達二人だけが知っていれば良い。
背にした私室の扉を振り返って開く。
其処で聞き耳を立てている野次馬共まで、この声を聞くなど許さん。
開いた扉にぶつかったトルベ達四人が慌てて散って行く。
「・・・と、クマンお前、ちゃんと掃除しろよ」
「いや、テマナの番だ」
そんな風に意味の判らぬ言葉で場を取り繕いながら。
少なくともこれで奴らに聞かれる事は無い。
改めて扉を閉ざし、二人きりの部屋の中で再びこの方へ向き直る。
その驚いた丸い瞳だけをじっと見つめ、目前の数段の階を降りる。
進み出る俺に圧されるように、この方がじわじわと窓際を後退る。
「あ、もちろんタダじゃないわよ?みんなの健康診断とか、治療とか、ちゃんとする、し」
この期に及んでまで、あいつらの事など口にするのが腹立たしい。
だから素人は困る。戦ならば壁際に追い詰められては話にならん。
常に退路を見極めなるべく前に開けた途を確保しておくが鉄則だ。
「故に、俺にも此処に居ろと」
「だって、ここは隊長の部屋だし、あなたは隊長なんだし・・・」
「俺が、隊長だから」
だから此処に。俺が隊長だから。俺があなたを護るから。
「此処に」
俺の傍に。何処よりも安全だから。
声の真意を量るよう、追い詰めたあなたの瞳を覗き込む。
驚いてはいるが、怯えてはおらん。
真直ぐ見つめ返し、何処までも澄んだ瞳であなたが教える。
「ここに。私から逃げないで」
逃げると思うか。
最後に逃げるくらいなら、最初から始めない。
逃げられるくらいならもう疾うに逃げている。
だから最後まで。
あなたが何を知っていようと、俺達がどうなろうと、もう始まっているから最後まで。
必ず護る。後の事は全て任せろ。
追い詰めた窓際、ほんの僅か上げた唇を見つけたあなたの瞳が笑む。
そしてその紅い唇の両端が、俺よりもずっと大きく嬉し気に上がる。
例え何が起ころうと。誰が何を企もうと。
誰より大切な方だからその身も心も護る。
あなたに触れようとする者は、誰であっても赦さない。
窓からの光の中、あなたの笑みを眸に焼き付ける。
そしてこうして幾度でも、この肚裡で新たに誓う。
俺にはあなたが一番で、国を守る事の意味も判らない。
あなただけは必ず護り抜いて見せる。この命を懸けて。
だから此処に居ろ。傍に居ろ。後の事は全て任せろ。
この方はきっと判っているのだろう、俺の声無き声も。
嬉し気な瞳に笑みを浮かべたまま、細い指先がそっと伸びる。
光射す部屋内。二人きり。邪魔者は追い払い人の気配は無い。
陽に透ける柔らかな髪。互いの瞬きの風すら感じる程の距離。
眸の前の白い頬。触れ合える程の鼻先。笑みを湛えた紅い唇。
細い指先がこの頬に触れ、笑んだままの形の紅い唇が尋ねた。
「じゃあ、まずはあなたで脈診の練習させて?」
・・・そういう方だ。その肚裡は読めぬし、この肚は通じん。
邪魔な野次馬を追い払った意味も、二人きりで居る意味も。
どれだけ此方が退路を断とうとその躱し方はいっそ見事だ。
この方に半ば乗りかかった姿勢から息を吐いて身を引くと、
「・・・はい」
俺はどうにか眸を逸らし、それだけ言って頷いた。
【 2016 再開祭 | 金蓮花 ~ Fin ~ 】

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さらんさん❤
お疲れさまでしたm(__)m
此度はお話の最後まで
コメント我慢してました(^^)
逃避行中の二人の心。
さらんさん流の解釈に脱帽です❤
ドラマより素敵でした!
これだから、さらんさんから離れられないんだわ~~(笑)
新章も楽しみです❤
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いつも、いつも素敵なお話しありがとうございます。
金蓮花も大好きです。
ヨンさんの言葉にしない気持ちに触れられた気がして嬉しいです。
改めてシンイを一話から見ようって思ってます。
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画面ではわからない、ヨンの想いをあらためて知り
ちょー感動♡
本当にいいですねぇ♡
さらんさんに、感謝です(///ω///)♪
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ヨンの負い目を 吹き飛ばす
ウンスの 「離れないわ~」
自分に 命を預けてくれるなんて
思いもしなかったでしょうね。
先々の不安も 忘れてしまうぐらい
嬉しい 新入りの入隊でした。
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感動しました❗泣きました❗
悲しい回?だっから?飛ばし見してた
ような2話部分だったから
storyの奥こんなに深い想い
それを完璧に見せてくれたさらんちゃん
20話?あたりから?涙涙涙の連日でした(笑)
嵌まりました信義!さらんちゃんWORLD⤴⤴
こっそりtoiletで隠れ読み(笑)
飲み会中隠れ読み爆
何かにこ~~んなに嵌まったの何年ぶりだろ❗
(先生だろ!君!って言わないでね(~▽~@)
今日1日やっと休めるんで
信義DVD借りてきまーす!
金蓮花38編と同時進行でどっぷり浸かりまーす(笑)
連日怒涛のupで疲れてないかしら?
次のstoryーup楽しみだけど
さらんちゃん身体に気をつけてねo(^o^)o
お疲れさまでしたーありがとう❤
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大作「金蓮花」お疲れ様でしたm(_ _ )m
そして・・ありがとうございました。感動です!!
19~20話信義の中でも多分一番辛いシーンでしたね。
さらんさん解釈上等です!!!
1場面1場面、ヨンとウンスの心うちを見せていただいたことで又見方が変わりました(*^o^*)
ウンスの優しさ、ヨンの想いに思わずほろリと涙したり・・・。
信義脚本家の方に見てもらいたいな~と思うほど素晴らしいさらんさん解釈でした。
BIG BANG TOKYODOME楽しんできてくださいね!
大好きなべべを堪能してきてくださいませね。
38話、怒涛の大作連日upでしたもの・・少しのお休み許されます!!許します(笑)
また燃料チャージして元気に戻って下さるのを楽しみにお待ちしています。
寒くなります、くれぐれもお身体気をつけて・・行ってらっしゃ~い(^-^)/
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さらんさん。私のリクエスト時間をやりくりしながら書き上げて下さって本当に有難うございました。
私にとってこの逃避行の部分がドラマの中で特に大きな意味を持っていたのは、この過程の中で2人の気持ちが定まったんじゃないだろうか?と思っていたからです。
そんな心の動きを活字に出来るさらんさんって本当に素敵です(*⁰▿⁰*)
このお話にはヨンの「知らなかったんだ」と言う心の声が何度か登場しますよね。後になって振り返っているんですね。それはお互いが愛してくれる相手だから愛したわけでは無いと言う証拠。お互いの心を本当に知る事になるのは離れ離れになった瞬間からなんですね。
ミノはチェヨンの言葉には重み、深みが有ると言っていました。実際はそんなに沢山の深い台詞があったわけでは無い気がします。だから彼も自分の心の中に湧き出てくる心の声と共に演技をしたのだろか?なんて思ってしまいました。
読みながらまるでドラマをもう一度見ているような、いいえ、それ以上に引き込まれて行くようなそんな時間でした。
本当に有難うございました(*^_^*)
行ってらっしゃいませ。
楽しんで来て下さい♡