2016 再開祭 | 金蓮花・廿壱

 

 

 

ここに手紙を隠したわ 読むのはきっとあなただけ
これを読んでいるってことは あの人も一緒よね

あの日あの人と一緒に歩いた道を こうして一人きり辿ってる
そう これも覚えてる あの日のことは何もかも

あの日の事は絶対に忘れられない

私を見詰めるあの人の真直ぐな瞳 受け止めてくれる温かい胸

 

そうよウンス 私は未来のあなた

 

ここなら100年後に見つけてくれるかもしれない
そんな奇跡が起きる保証はないけど

祈る気持ちで 後悔の気持ちを残すわ

もう何百回考えたかしら あの日皇宮に戻っていれば

戻っていれば王妃様は助かって 王様もお心を見失わずに済んだ
そして全てを一人で背負って 荒れて行くあの人を見ずに済んだ

もう一度 もしもあの日に戻れたら

あの人を抱き締めて あの人のあの笑顔をもう一度取り戻せたら

もしも一日だけ時間を巻き戻せたら

私みたいに逃げないで ウンス

それがあなたの、最後の日になっても

最後に心から祈るようにフィルムケースにキスをした。
あなたに届くように。
ウンス、あなたに。そして今、私を抱き締めてくれるあなたに。

最後に手から離れたケースは、静かにあの岩の隙間に転がった。

私は自分のこの手でさっきどかしたあの石でそこにふたをした。

 

*****

 

あの時。徳興君が紙にしみ込ませた最初の毒で倒れた時。
私、とても怖い夢を見た。ううん、今までは夢だと思ってた。

どこかの部屋に走っていった。
床で冷たくなったあなたを見つけて、 必死の思いで抱き起こして

まったく熱を感じない額に泣きながら、何度も何度もキスをした。

あれは本当に夢?それとも現実?もう分からない。区別できない。

ただ一つだけ分かってるのは。

「どうしたのです」
あなたの心配そうな声。その声を聞くだけで心が破れそうに痛い。

「・・・ねえ」
「はい」

ちゃんと話さなきゃ。分かってもらわなきゃ。
自分でも信じられないのに、これじゃあなたを説得できない。

だけど自分でも情けないくらい小さな声しか出ない。
「もしもよ・・・もしも王様と王妃様の身に、何か起こったら」

その声にあなたの声のトーンが変わる。
「どういう事です」
「あなたがいない間に御二人に何か起こっても・・・あなたは平気?」

顔色を変えて、痛いくらい肩を支えて私の目を覗き込む瞳。
「どういう事だ。誰に何を聞いた。どうやって」

どうしよう。どうしたらいいの。 こんなに大切な人なのに。
ようやく巡り逢えたのに。 長い時間の後で、やっと気付いたのに。

私を真っすぐに見詰める、そのあなたの頬に指先でそっと触れる。
こんなに温かいのに。今、あなたが目の前で生きててくれるのに。

自分より大切な人がいるなんて。自分の命より大切な命があるなんて。
こんな時になって気付くなんて。こんな風に自分に教えられるなんて。

でもダメ。もう嘘はつけない。真実はいつでも嘘より強い。
自分もあなたもごまかしたって、見て見ない振りしたって。

だからその両頬をこの手で触れて、短い真実だけをあなたに。
何一つ嘘はない。その瞳、この温かさ、そして心から伝える。

「・・・あなたを、守りたい・・・」

 

*****

 

いくら生国の断事官とて、王様に仇成す者を野に放つ訳にはゆかぬ。
しかし高麗の現状を見れば、そして迂達赤隊長と医仙とを喪われた

王様の御悩みと御心の痛みは、きっととても深い。
戦かそれとも駆け引きか、すぐには御決めになれぬ程に。

宿った吾子が慰めになるのなら、妾にとっても吾子にとっても、これ以上の倖せはない。
あれ程に嬉し気で恥ずかし気で、そしてお優しい王様を拝見するのは初めてやも知れぬ。

妾の懐妊をお知りになってより、政務のほんの僅かな合間にも康安殿から駆けつけて、そっと扉の隙から御顔を覗かせる。

寝台に横たわり微睡んだりしていようものなら、その場のチェ尚宮に向かい低く抑えた御声で
「体調が悪いのか」
「御医には診せたのか」
「食事は摂っているのか」
「いつから眠っておられるのか」

まるで眠ってそのまま目を醒まさぬのではと懼れるかのよう、質問責めに遭わせる。
さすがにチェ尚宮が気の毒で寝台を降り、部屋着を整え御前に出れば
「何故起きていらっしゃる」
「お好きなだけ休まねばならぬ」
「目が覚めれば、何か召し上げると良い」
「冷えてはならぬ、寝台へ戻って休まれよ」
そんな風に窘められる。

「王様」
「何だ、王妃」
「懐妊は病ではございません。女人の体はそれに耐えるよう出来ておるとの由」
「や、病でなくとも」

王様は妾の、今はまだ全く目立たぬ衣の腹を愛おし気に眺められる。
「それ、そこに居る吾子が寝るなり、食べるなりしたいのであろう。
あなたは子を十月もお抱えになられると聞いた。
先は長いのだ。無理してはならぬ。早く、戻りなさい」

そんな風に優しく背を支え、ほんの僅かな段差の前でも足を止めて、その段を超えるまでそのまま待っていて下さる。
そして妾が寝台に横たわり直して初めて息を吐かれて、絹の掛布でゆっくりこの体を包み
「休まれよ。また後で来る」

そして部屋を出る折、そこで頭を下げるチェ尚宮に向け
「何かあれば、必ずすぐに報せよ。寡人が政務中ならドチへ。良いな」
そう残す事もお忘れにならぬ。

母になるとはこうしたことか。
御父媽媽になられるとは王様を、あれ程に狼狽えさせてしまうのか。

王様のお出になった後の部屋、寝台の中で目を閉じる。

母になるなら、強くならねば。
王様をお支えし、元気な子を産み落とし、必ず高麗の礎を固めねば。

「王妃媽媽」
その声に寝台を立ち、部屋の入口へと向かう。
そこに立つ見慣れぬ女官が、妾へとそっと一条の文を差し出す。

「断事官様より、王妃媽媽に内密にお渡しするようにと」

封緘の見覚えある印章。
部屋内の無人を確かめて寝所へ戻り、鏡台前でその文を開く。

元断事官の親書。
有當付傅言也・・・母上よりのお言付けがある。内密に普濟寺まで。
今の元との関係であの男、王様に仇成すやも知れぬ断事官に会いに行くなど許されぬ。

しかし御母上からの伝言を預かったのが断事官の遣いなら。
そして御母上から御父上を介し、状況が好転する機会が見つかれば。

何よりも初めての吾子を身籠った事を、もしもその伝言の主を通じ御母上に伝えられれば。
少しだけ不安なこの気持ちを、御母上にお伝えして聞いて頂ければ。

その時、開く扉の音に、その断事官の印章の残る文を鏡台下の棚奥へ押しやる。

無事を確かめるよう寝所を覗いたチェ尚宮は、入口からふと真顔で妾を見つめた。

 

 


 

 

1 個のコメント

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    自分からの手紙じゃ
    信じないわけにいかないし
    ましてや ヨンが… 
    そうなれば 今来た道をもどらなくちゃ
    ヨンの心を守る方が大事だと
    ウンスなら そう 判断するわな~
    。゚(T^T)゚。

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